致命的な方向音痴は治らない
はあたりを見回し、大きなため息をついた。
どこで何をどう間違ったのだろうか、には全く分からない。
地図を見て屯所へと帰っていた筈なのに、どうしてターミナルがあんなに遠くに見えるのか。
米粒ほどとは言えないにしろ、近づいていた筈のターミナルは屯所で見えた時より小さくなっている。
もう自分がどこにいるかもわからなくなってしまったため、地図を持っていても意味がない。
電話をしたくても携帯電話はないし、何より真選組の電話番号が分らない。
人に道を聞こうにも、廃屋が目立つ周りには人っ子一人見当たらない。
この際チンピラでも何でもいいと思っても、彼女の他に人影は全くなかった。
はもう一度どうしようもない状況にため息をつくしかない。
時計もないのでどれくらい時間がたっているのか分らない。
しかし、少なくとも近藤と約束した門限の五時は優に超えている事だろう。
とりあえず歩きすぎて疲れて足が重い。
休憩がてら膝を抱えて座り込んでしまったら、疲労感で立つ気にならない。
はまるでとなりのトトロのメイになった気分だった。
不可抗力とは言え、門限を破ってしまった事を叱られるだろうか。
そもそも、今日は無事に自分は屯所に帰れるのかと疑わしい限りである。
知らない世界で知らない土地で、は一人道の脇に座っている。
明滅する街灯は、ただでさえ周りが暗いのにを追い詰めるように瞬間的な闇を与える。
ひどく心細くて、は世界に自分だけ取り残されたような錯覚に陥る。
誰か、迎えに来てくれないかな。
そんな事を考えてみたが、誰も迎えに来るわけがない。
彼女はここに身内も知り合いもいないのだから。
ふっと真選組の面子が浮かんだが、直ぐに打ち消した。
彼らは仕事で忙しいし、何より世話になって1週間ほど小娘をわざわざ迎えに来るはずない。
自分がいる場所なんて、自分自身でも分かっていないのにどうやって彼らが捜し出すというのだろうか。
もしかしたら、自分が戻っていないことに気付いている者などいないのかもしれない。
そう思ったら、とたんに泣きたいほどは心細くなってしまった。
誰にも知られず、誰にも気づかれず、もしかしたら自分は消えてしまうのではないだろうかとは思ってしまった。
馬鹿馬鹿しいと一蹴しても、湧き上がった不安は拭い去れない。
「帰りたい」
知らず知らずのうちにの口から言葉が零れた。
しかし、どこに帰ればいいのだろうかとは思う。
この世界に彼女の家はないし、帰るべき世界は月の様に遠い雲の上だ。
本当に帰らなければならない世界は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
向こうの世界は今、どうなっているのだろうか。
自分はどうやって来て、どうやって帰ればいいのだろうか。
このまま帰れないのだろうか。
だったら、自分はどうなってしまうのだろうか。
次々と湧きあがる答えのない疑問は、自身の不安の塊である。
自分がいなくなってしまったら、家族や友達に多大な心配をかけるだろうことはには簡単に想像できた。
そもそも、元の世界ならこんな途方もない道の迷い方はしなかった。
もし道に迷ってしまっても、必ずの事を見つけ出してくれる人たちがの傍にいつもいてくれた。
しかし当たり前にを迎えに来てくれるその人たちは、この世界には存在しない。
ギュッと腕に力が入ってしまった。
ガサっとビニールが擦れる音がして、腕の中の団子の容器が潰れたのが分かった。
屯所に帰ったら、近藤たちと食べようと思って買ったものだった。
には彼らが甘いものが好きか嫌いか分らなかったが、なんとなくあの人たちなら一緒に食べてくれるような気がしていた。
屯所に戻れればの話だが。そもそも、あそこに戻っていいのだろうか。
は今更ながらその事を疑問に思った。
はあの空間では、この世界では酷く異質で浮いた存在だ。
近藤は優しい人間だから言わないが、本当は早く厄介者はどこかに消えてほしいと思っているのではないだろうか。
疲労と心細さのせいか、の中では碌でもない事が次から次へと湧いては浮かんでくる。
「…
それは、にとって魔法の言葉だ。どんな時だって、そう呟くだけで心が救われる。
いつだって、彼女の事を正しい道へと導き助けてくれる。
死してなお、彼女の心に色濃く絶対的な存在として居続けるかの人を呼ぶだけですべての困難が取り払われるようだった。
しかし、いつでも彼女のために当然の様に伸ばされた手は、もう二度と彼女の前に差し出される事など不可能である。
彼女の耳に、遠くからエンジン音が聞こえてきた。それは物凄い速さでこちらに近づいてくる。
なんとなしにそちらを見ると、砂ぼこりを舞い上がらせながら猛スピードで走るパトカーだった。
こっちの世界でもパトカーは同じなんだな、明滅する赤いランプを見ながら暢気な事を考えているとそのパトカーは彼女の目の前を通り過ぎた。
と思えば、数メートル先で急停車し、物凄い早さでバックしながら彼女の前で停車した。
止まった瞬間に車から飛び出してきたのは、涙と鼻水を大量に滴らせた近藤だった。
その情けない姿に、はその瞳を驚きで見開く。
2015/08/30 再投稿
2011/09/02