結局お人よしの集団


 土方が外回りを終え屯所に帰ってきてみれば、何やら難しい顔をした近藤が玄関先で行ったり来たりと落ち着かない様子だった。
その様子に土方は何か問題でも起こったのかと、真剣な面持ちで問いかけた。

「そんなとこでなにしてんだ?近藤さん」

土方に問いかけられるまでまったくその存在を認識していなかったのか、近藤はそこで初めて土方に気がついたようだった。

「ああトシ!!それが、ちゃんがまだ帰ってこないんだよ!!ああ、どうしよう!もしかして誘拐か!!」

土方はその言葉にげんなりした。
あのという娘を置いてから、ここ最近彼の大将はあの娘を一際気にかけている。
あの松平公に勝るとも劣らぬ親ばか加減である。
実際に血が繋がっているわけではないが、何故か彼の態度は父親を彷彿とさせる。
土方としては、組織のトップである近藤に個人を贔屓にしてもらっては他に示しがつかないのでやめてもらいたい。

土方はため息をついて、チラっと腕時計を確認した。
その針は五時を五分ほど過ぎたところだった。

「落ち着け近藤さん。まだ五時じゃねぇか」

日が長くなり始め、まだ完全に日没ではない。
あれぐらいの年頃の娘であれば、もう少し遅くに帰ったとしても普通なのではないだろうか。

「だって、門限五時だって言ったもん」
「言ったもんてあんた…どうせはしゃいで時間なんか忘れちまってんだろ。飯時には帰ってくるって」

土方は呆れつつ、安心させるように言ってやる。近藤はすっかり父親気取りである。
彼女への攘夷浪士疑惑は完全に晴れたわけではない。
なんだかんだといろいろな事を聞きそびれてしまい、結局有耶無耶になってしまったのだった。
リスクはあるが、手元に置くことで監視する事が出来ると土方も渋々彼女が真選組で働くことを了承したのである。
これ以上親密になって、情などかけられては困る。

「そ、そうだな」

そんな事を知ってか知らずか、近藤は何度も時計を確認するのだった。




―――――――2時間後―――――――――




「トシぃぃぃぃ!!まだ帰ってこないんだけど!!」

所変わって近藤たちがいつも寛いでいる部屋に、近藤の涙を含んだ大声が響いた。
あれからが帰ってくる気配はない。外はすでに完全に日が落ちている。
時間が時間なのでそろそろ帰ってくるだろうと思うのだが、心配症の近藤は少しも待っていられないらしい。
もうこの二時間で何十回か繰り返したセリフを土方がもう一度言おうとした時、沖田がひょっこりと顔を出した。

「近藤さん、何騒いでるんですかィ?」
「総悟!ちゃん見なかったか!?」
「なんでィ、あいつまだ帰って来てないんですかィ?明日から仕事だからってんで、五時までには帰るって言ってやがったんですがねェ」

言いながら沖田はちゃぶ台に置かれていたせんべいをバリバリと食べ始めた。
一方近藤は沖田の言葉に冷や汗を大量にかきだし、口の中で誘拐だの何だのとぶつぶつ言っている。

「だっから!心配し過ぎなんだよ。腹が減りゃぁ勝手に帰ってくんだろーが」

言いながら土方は新しい煙草を取り出し、マヨネーズの形をしている奇怪なライターで火をつけた。
大きく息を肺に吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

「いや〜そうとも限りやせんぜ」

バリバリとせんべいを食べながら、表情の読めない顔で沖田は土方に話しかけた。

「あ?」
「街でばったり逢ってたりして」

沖田の口角が、ほんの少しだけ上がった。
土方はそれよりも沖田の言った言葉の方が気になり、その微妙な表情の変化を見逃した。

「誰に?」
「嫌だなぁ、土方さん。もうお忘れですかィ?件の殺人犯ですよ」

今度はしっかりと笑みを浮かべ、少し目を細める。
沖田の言葉に、土方だけではなく近藤までもが固まった。

「帰りたくても帰れない状況だったりして」
「……………」

近藤も土方も何も言い返せない。
沖田の言う通り、の証言で現在捜索中の殺人犯は未だ逃走中である。
を追いかけたことを考えると、口封じのためが殺される可能性は十分にある。
ただ、犯人自身が彼女の事を明確に覚えているか不明であり、尚且つ犯人もが濁流の川に落ちたのを確認している筈なので勝手に死んだものと判断している可能性もあるので断言はできない状況である。

「しかも、土方さんは今日は帯刀させなかったってー話じゃねーですかィ」

沖田の笑みは、今度は厭らしくにやりと歪んだ。
いたぶる為の獲物を前にした時の独特な笑い方だった。
それを敏感に察知した土方はそれ以上聞きたくなかったが、先を促すことしかできない。

「…総悟。てめーは何が言いたい…?」
「別に何にもありやせんぜ?ただ…」
「ただ?」
「次の日にのヤローの死体が上がったら、さぞかし土方さんは寝覚めが悪ぃだろーと思いやしてね。あぁ!別に土方さんが帯刀を許可しなかったせいで死んじまったなんて、責める気は全くありやせんぜ」

ワザとらしい彼の言葉の裏には、もしもに何かあれば責任は土方にあると言いたいらしい。

「………」

土方は先ほど火をつけたばかりの煙草を握り潰し、灰皿に押し付けることしかできなかった。
沖田はそんな土方を見てほくそ笑む。不機嫌そうに米神に青筋を立てる姿は、ただのバカそうな人間だった。





2015/07/20 再投稿
2011/07/28


top/back/next