袖振り合うも多生の縁とはよく言うものだ


 にとって、江戸の街は見るものすべてが新鮮だった。
昨日は近藤と土方と事件現場へ行ったが、パトカーに乗っていたのでゆっくりと江戸の街を見てはいなかった。
はキラキラと目を輝かせながら、珍しそうにあたりをきょろきょろと見回した。
今日は必要な物の買いだしで、一人きりで江戸の町へ繰り出した。
いつもなら誰かがいつもの傍にいるが、残念ながら今日は皆出払っていた。

 前方に全く注意をしていなかったは、反対側から歩いてきた人物とぶつかった。

「ごめんなさい!」
「こちらこそ、ごめんなさいね」
「あ」

慌てて謝ったの眼に飛び込んできたのは、志村新八の姉であるお妙だった。
桃色の着物に身を包み、ににこやかに微笑みかけながら彼女も詫びを口にした。
突然現れた彼女に、は思わず声を零した。
勿論お妙の側からすれば、が自分の事を知っていることなど知る筈がない。

「どうかなさいました?」

思わず零れたの声に、お妙は不思議そうに問いかけた。
物腰柔らかなお妙は、小首を傾げキョトンとしている。
ここで不審がられてはならないと、は慌てて取り繕った。

「あ、いいえ。あの、このあたりに大江戸ショッピングモールってありませんか?」

咄嗟に、今日の目的の一つだった場所のを口に出した。
さっきから周りに目を奪われて目的を失いかけていたが、今日は街の散策と彼女の日用品などの買い物が目的だった。

「あら、もしかして迷ってたのかしら」
「あ、えと、はい」

は曖昧な返事をした。
迷った迷わなかった以前に、目的を忘れ去っていた。

「そうだったの。ちょうど私達も行くところだったの。もしよかったら、一緒に行きませんか?この近くなんですよ」

彼女はにっこりと微笑むと、可愛らしく小首をかしげた。

「私達?」
「姉上?」

が声がした方へ向くと、そこには志村新八が不思議そうにを見ていた。

「どうしたネ駄メガネ」

さらにその後ろからは、神楽が現れた。
はまさかの遭遇に、言葉が出てこなかった。

「道に迷われたそうなの。だから一緒に大江戸ショッピングモールにお誘いしたのよ。えっと…」
「あ!と申します。最近江戸に来たばかりだったので」

放心状態から立ち戻ったは、慌てて頭を下げた。

「そうだったんですね。僕は志村新八です。こっちは姉の妙で、こっちは神楽ちゃんです」

新八は納得すると、こちらも礼儀正しく頭を下げて自分達の紹介をした。
は緩みそうになる口元を引き締めるのに必死である。
真選組に拾われた時は目覚めてすぐに沖田に喧嘩を吹っ掛け、さらにはぶっ倒れたりと忙しなかった。
しかし、ここにきて本当に自分がトリップをしたのだと、今更ながらに沸々と実感が湧いてきた。

「それじゃぁ、行きましょうか。ちゃんも」

お妙はにこやかに声をかけると、たおやかに歩み始めた。

「はい!」

は三人に遅れないように彼らと歩みを進めた。
それからお妙はこれも何かの縁だからと、彼女の買い物に付き合う事となった。
新八と神楽とはいったん別行動を取る。
は目の前に陳列される色とりどりの着物を見て、頭を悩ませるのだった。

「あら、これなんてどうかしら。とっても可愛いわよ」

そう言ってハンガーに掛かっている着物を一着手にもつと、の肩にかけて値踏みをする。
お妙がとり出したのは、淡い空色の着物で、あちらこちらに小さく可愛らしい花が散りばめられていた。
それは女の子らしく、いかにもおしとやかそうな風合いを醸し出している。

「あら、こっちもかわいい!!」

今度は先ほど取り出した着物の隣の列から、なぜか裾が膝上ぐらいの長さのこれまた淡い色合いの桃色の着物をの肩にかけた。
お妙はとても楽しそうに、着物を選んでいる。
しかし、当の本人は、どちらかというと浮かない顔をして曖昧に返事をした。

「あら、気に入らなかったかしら?」

お妙はの態度に、笑みを陰らせ不安そうにの顔を覗き込む。

「そう言うわけではなくて…その、女物の着物とは縁がなくて…こういう袴しかあんまり着たことなくて…できれば洋系が」

言い辛そうには頼りなく、胸の内を吐露した。
は稽古着の袴は気慣れているが、自分で着つけが出来るようになったのはほんの数日前である。
まだまだ着慣れないためか、どうしても居心地が悪い。
動きやすく、着慣れている洋装が良いと考えていた。

そんな事を考えながらが上目遣いでお妙を見上げると、今まで以上に嬉々とした視線と交わった。

「それなら私がしっかり教えてあげるわ!!大丈夫、何も心配しなくていいのよ!私の友達にもそういう子がいて慣れているから!」

そう言ってお妙はとても楽しそうにの服選びを再開すると、に有無を言わせずに自分の家に連れ帰えった。






 お妙の家の居間に当たる一室では、二人の少女が仲良さげに着物をあれやこれやと着つけていた。
部屋の中はが買った着物だけでなく、お妙が自分のものを持ち出してきたため色とりどりの着物が散乱していた。

「こ、こんな感じでしょうか…?」

お妙の家に来たは、次から次へと着せ替え人形と化している。
幸か不幸か、短時間で沢山の着替えを行った為多少着付けの手際が良くなっていた。
今もお妙の昔来ていた着物を着て、少し照れながらお妙達に感想を求めた。
お妙はさも嬉しそうに両手を合わせ

「とっても似合っているわ〜。着付けも随分出来てるし」

とニコニコと評価した。

「とっても似合ってますよ」
「可愛いアル!」

三人から褒められ、は照れくさそうに礼を述べた。

「少し休憩しませんか?僕、お茶入れてきます」
「ありがとう新ちゃん」

そう言うと新八は、居間を出て行った。
神楽はその後を軽快についていきながら、茶菓子はないのかと催促している。
は仲の良い二人に頬を緩めつつ、お妙と向かい合うようにして腰を下ろした。

「なんだか、すごく楽しそうですね」

酷く楽しそうなお妙に苦笑しつつ、は呟いた。

「分かる?私妹も欲しかったの。弟はいるんだけど、やっぱりこういうことはできないから。こうやって一緒にお買い物したり、女同士でできることをしてみたかったの。迷惑だったかしら?」
「そんなこと全然ないです!!あたし一人っ子だったから、そんな風に言ってもらえて凄く嬉しいです!」

恥ずかしさと嬉しさで少し頬を紅潮させながら、は笑った。
二人の間に和やかな空気が流れた。

「じゃ、お茶を飲んだら今度はこっちを着てみましょう」

お妙は近くの着物を手に取った。

「いやいや、こっちなんてどうです。きっと似合いますよ!」

突然、当然のように参加してきた男の野太い声によって、二人の動作は強制停止した。
はその人物をよく知っている様な気がする。
いや、知っているどころか、つい先日このゴリラに命を拾われている。
その人物は然も当然のように他の着物も物色している。

「ああ、こっちも良いかもしれませんね!だけど、こっちも捨てが」

その瞬間

「人ン家でなーにさらしとんじゃーいい!!!!」

お妙はフルスイングの鉄拳を彼の顔にぶち込み、塀の外へと吹っ飛ばした。
は恐る恐るお妙の背に問いかけた。

「お、お妙、さん。い、今、今なんかゴリラっぽい」
ちゃん」
「はいいぃぃ!」

顔の見えないお妙の声に、言いようのない恐怖を覚えては縮みあがった。

「さっきのは夢よ、幻覚よ」

くるりと振り返ったお妙はいつも通りの笑顔が張り付いていた。
しかし、その後ろに漂っているどす黒いオーラまで隠せていない。

「幻覚?」

は彼女の言葉を声が裏返りながら鸚鵡返しに唇に乗せた。

「そうよ、だから忘れなさい」
「はい」

は人生初、絶対に逆らってはいけない笑顔と対面した。

「さっき凄い音が聞こえましたけど、どうかしたんですか?」

お茶を持って来た新八と神楽は、不思議そうにの引きつった顔を見つめた。





2015/06/26 再投稿
2011/05/03


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