空は曇ったまま


 正直なところ、土方はという少女を量りかねていた。
今彼の目の前にいるは、顔色を少し青くし佇んでいる。
唇を引き結び、ただ一点を見つめ続けている。
ここは、近藤と土方がと出会った日に起きた幕臣の殺害現場である。
五日前に彼女が狂気と遭遇した現場だ。

事件発生から五日も経っているため、遺体などは既に引き上げられているがいまだに立ち入り禁止は解けていない。
彼女をここへ連れてきたのは、現場検証を行うためだった。
ここでがどんな反応を見せるのか、様子を窺っていた土方だったが彼の予想したどれとも違う様子を見せる彼女にますます彼は分からなくなる。

そもそも、ここへ来るまでもおかしな彼女の行動が土方の目についた。
始まりは昨日の夜、近藤に大声で呼ばれた土方は彼女のいる客間へと赴いた。
そこで一人で着物が着れないと告げられ、開いた口が塞がらなかった。
急遽山崎を呼び付け、彼女になんとか着付けを叩きこんだ。
土方の人生で着物が一人で着れないなど、聞いた事がない。

どこぞの大金持ちの家で育ったのかと思えば、自分の身の回りの事は自分でする。
それどころか、彼女から手伝うことはないかとさえ聞いてくるのである。
そうかと思えば、早朝に一人で道場で稽古をしている。
面白半分で付き合ってやれば、どこまでも礼儀正しく教えを請うのである。
まさに【大切に育てられた娘さん】である。彼の調子が狂うほどに。

しかし、街に出てみれば目を輝かせ、あれは何だこれは何だと幼子の様に近藤を質問攻めにする。
特に珍しいものがあるわけでもないのに、彼女にとって見る物全てが初めてだと言わんばかりの反応だった。
どこの山奥の田舎から出てきたのかと、疑わざるをえない。

ド田舎から出てきたとしても、当然持っておくべき常識が彼女の中からポッカリと欠落している様に土方には思えてならない。
彼女を観察していると、土方はますます分からなくなるのである。
という存在は、何とも言い難くちぐはぐな存在だった。

ちゃん、大丈夫か?」

近藤は動かなくなったに、心配そうに声をかけた。
近藤の声に、はハッと気がつくと近藤に向けて笑いかけた。

「平気です。ちょっと思い出してただけなので」
「でも、顔色も青いし、無理しなくったって…」
「本当に大丈夫ですよ!」

またこの顔だと、土方はを観察する。
こちらが彼女を気遣えば、は決まって少し大人びた顔をする。
それは出会って間もないための距離なのか、彼女の持つ生来の気質なのかはまだ分からない。
それがまた近藤の庇護欲を誘っているという事が、目下のところ土方の頭痛の種である。
もともと彼は女子供に甘く、情に篤い男である。

それと同時に彼女の天涯孤独という生い立ちも、彼の同情を誘っている。
それがどこまで真実なのかは甚だ疑問であるが、土方にとってはそれがどうしたと言いたい。
真選組の局長である近藤が、既にこの状態である。
また、土方の目にもは品行方正で礼儀正しい。
他の隊士達が感化され、絆されてしまうのではないかと土方は恐れている。

土方の知りたいのは、彼女が敵なのか否かである。
しかし、真選組として彼女を迎え入れた以上、を詰問することは出来ない。
それがどうしようもなく、土方には歯痒い。

「あの、どうして殺されてしまったんですか」

は遠慮がちに土方を見つめ、質問をする。
土方は少し間を置いてから、口を開いた。

「さっき屯所で写真見せたろ。一番最初に見せたのが今回の仏だ」
「はい」
「攘夷浪士の弾圧に積極的な幕臣だったからな。正直、いつ殺られてもおかしくなかった」
「そう…ですか…」

土方の言葉に、は少し沈んだように見えた。
本当に何も知らないような素振りに、土方は眉間の皺を更に深くする。
ここに来る前に被害者と目ぼしいと思われる攘夷浪士の写真を複数枚見せても、彼女はポカンとするばかりだったのを思い出す。

彼女はふいに両手を合わせ、白線で囲われた何もないそこを拝んだ。
誰とも知らない、ここにはもういない誰かのために彼女はその死を悼んだ。
あまりに純粋過ぎると、土方は思う。
彼の周りにはあまりいない人種である。
大切に育てられ、争い事から遠ざけられて何不自由なく育ったような

本来なら土方達とは出会わずに、その一生を終えていそうなどこにでもいる娘だ。
しかし、ならどうして彼女は青菜を所持し、卓越した剣技を見せたのか。
矛盾である。彼女の存在そのものが、矛盾で成り立っている様である。

「何か思い出した事はねぇか?」

が閉じていた瞼を開いた時、土方が彼女に問いかけた。
わざわざここに連れてきたのも、ここで新たに思いだせるものがあるかと期待していたからだ。

「すみません…お話した事以外は、何も」

しかし、彼らの期待を裏切り、彼女は何も思い出さなかった。
申し訳なさそうにするを一瞥すると、土方は踵を返す。
思い出せないのなら、ここに長居をする意味がない。
彼女をここに置いておいたところで、土方達にとってもにとってもメリットはないと判断した。

「そうだちゃん、甘いものは好きか?」
「はい、なんでも好きです」
「なら、帰りに何か買って帰ろう。な!」
「え、でも」
「いーのいーの。頑張ってくれたから。な、トシ」
「あ?勝手にしてくれ」

土方は首だけ振り返り、素っ気なく返答する。
彼の視線の先には、仲良く話す近藤とがいる。
傍から見れば、随分と年の離れた兄弟か親子の図である。
今はそれでいいと、土方は自分を納得させる。
これからゆっくりじっくり時間をかけて、の隠している【何か】を暴いてやるのだから。





2015/06/20 再投稿
2011/03/17


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