どんなに飾り立てても普段着が一番落ち着く
客間で休んでいたに声がかかった時、既に夕飯を食べた後だった。
客間に入ってきた近藤は、彼女の体調をまず最初に心配した。
「本当にびっくりさせてしまってすみませんでした。松本先生のお陰ですっかり元気です」
は彼を安心させるため、出来るだけ元気に見えるように努めた。
その様子に近藤も安堵の様子を見せる。そして、表情をすっと引き締め、口を開いた。
「実はな、大切な話があって来たんだ」
始めてみる真剣な顔つきに、も表情が引き締まった。
「ちゃん、その腕捨ておくにはもったいなさすぎる!江戸の平和のために役に立ててみないか?」
はその言葉に目を見張った。彼の言った言葉に、彼女の理解が追いついていない。
「あの、それはどういう…」
「いきなりでびっくりしたと思うが、あの立合いを見て決めたんだ。是非、その力をオレ達に貸してほしい」
近藤の言葉に、はパチパチと目を瞬いた。
「それはつまり、私が真選組に入るという事ですか?」
の問いに、近藤は深く頷いた。
「
矢継ぎ早に言った近藤は、の反応を窺った。
はマジマジと近藤を見つめ、茫然としている。
は近藤の信じられないほど至れり尽くせりの提案に、ただ何と答えれば良いか茫然と考えていた。
寄る辺のないこの世界に来て、これからどうしようかと漠然と考えていた。
家族も友人も、知り合いすらいないこの世界で、自分はどうやって生きていこうか不安を感じていた。
それらを全て払拭する光明に、の目にいる近藤が菩薩か何かの使いの様に見えた。
その一方で、この破格の提案に甘えてしまって良いのかと不安に思う。
彼女はこの世界の人間ではない。それを彼らに伝えたところで信じてもらえないだろうし、かといって自分を証明できる術を彼女は持たない。
そんな自分が、どうしてここまでしてもらえるのか彼女には理解できなかった。
そんな彼女の戸惑いを敏感に察知したのか、近藤は焦って更に言葉を重ねる。
「勿論、今すぐに決めてくれとは言わない!!なんなら、ちゃんのご両親にもオレから説明しよう」
近藤のどこまでもに配慮した心遣いに、は胸の真ん中が少しずつ温まってくるのを感じた。
は彼に、全てを暴露してしまいたい衝動にかられた。
戸惑いも不安も、彼なら全てをぶちまけても良い様に感じられた。
彼の持つ独特の空気に、足元が不確かなは何故だか彼なら大丈夫だと思わせられた。
はこの空気を知っている。
かつて、彼女は一度だけ似た空気を持つ人間と出会った。
忘れられないあの日、決して色褪せないあの瞬間。
彼女の中の古い記憶は、今と重ね合わされる。
「あの、そのご心配は大丈夫です。もう、帰る場所も待ってくれてる家族も友達もいませんし…」
出来る限り無難な言葉を選び、彼女は今の自分にできる精いっぱいの言葉を紡いだ。
の言葉に、今度は近藤の目が見開かれる番だった。
「えっと…不束者ですが、よろしくお願いします」
そう言って、は近藤に深々と頭を下げた。
そして、頭を上げると目の前にいる近藤は目に涙を浮かべ、うんうんと何度も繰り返した。
「ちゃん!!今日からオレ達が君の仲間だ!!独りじゃないからな!!」
と、バンバンと力強く彼女の肩を叩いた。
はその力強さに苦笑した。
その彼の真っ直ぐな目は、には酷く眩しかった。
彼の向こうにもう一人を重ね、は無性に泣きたくなった。
彼女の中の一番古い記憶が、知らず知らずに重ねられる。
はここに来て初めて、心から安堵した。
ずっと張り詰めていた緊張の糸は、近藤の傍にいると自然と弛んでいく。
「そうと決まれば、色々準備しなくちゃな!!」
言うが早いか、近藤は障子の向こうに声をかけた。
するとすぐに障子が開き、一人の青年が姿を現した。
目はくりくりとしていて、どこか小動物を思わせるような童顔の青年である。
髪は短めに切られ、少し明るめの茶髪である。
「はじめまして、市村鉄助です」
市村はに優しげに微笑んだ。
年頃の若い女が見れば、赤面ものの微笑である。
突然の第三者に頬を染める暇もなく、は慌てて自分も自己紹介をし頭を下げた。
「市村はちゃんの世話役だから、何でも相談すると良い」
二人の様子を見ながら、近藤は満足そうに笑った。
「これからよろしくね、困った事があれば何でも聞いて下さい」
「はい!!よろしくお願いします!!」
優しそうな人で良かったと、は密かに安堵した。
これが強面だったり、沖田の様な人間だったらと思うと近藤の人選に心底感謝した。
「早速だけど、急ぎで用意しました。当面はこれで何とか凌いでもらって」
市村は部屋に大きな長方形の木箱を持って入ると、その箱を開けて中身を次々に広げた。
広げられた中身に、は絶望を覚えた。
「あ、あの…」
控えめな声に、近藤と市村はに視線を向けた。
それまで満足そうにしていた近藤は、の悲嘆にくれた表情にぎょっとした。
彼女の目の前に広げられていたのは、若い女ものの着物や帯など生活に必要な最低限の品々であった。
彼女のために、近藤が急遽用意させたものだ。
「ど、どうしたちゃん?」
「すみません、気に入りませんでしたか?」
「いえ…そうではなくて…」
注目された事により、は更に体を小さくした。
その様子に、近藤も市村も顔を見合わせる。
まさか、こんなところに早速困難が転がっていようとはは思いもしなかった。
何時までもそうしているわけにはいかず、は意を決して言葉を紡いだ。
「あたし、一人で着物が着れません」
言いきった後、恥ずかしさでは真っ赤になった。
当たり前の事だが、普通に生活していたにとって浴衣でさえ自分で着つける事は出来ない。
しかし、こちらの世界では逆に出来ない方が稀である。
当然、近藤も市村も思いもよらない彼女からの申告に、一瞬ポカンとを見つめた。
「すみません…」
消え入りそうなに、事の重大さを理解した近藤も蒼白になった。
2015/06/17 再投稿
2011/03/08