子猫を飼うのとは訳が違う


 自分の腕の中で動かなくなったに、沖田の中にゾワゾワと何かが這い出てきた。

「この糞餓鬼共が!!何やっとんじゃ!!」

道場内の男達が騒ぎ出した時、怒号が雷鳴の如く轟き沖田もそちらに視線を向けた。
声の主は松本医師だった。普段温和なその表情を般若の如くおどろおどろしい物に変えて、振り上げた拳を勢い良く近藤の脳天に振り下ろした。
咄嗟のことに近藤は対処ができず、床と熱烈なキスをすることになる。

松本医師はまっすぐに沖田、否、に向かって足早に向かってきた。
沖田としては一目散に逃げたいのだが、が腕の中にいるので動けない。
さすがにこの状況で、この少女を置き去りにして逃げた後が恐ろしい。

「ったく、このアホ共が。何やっとるんじゃ」
「いや〜さっきまでぴんぴんして」
「うるさいボケが」

ゴツンと沖田は松本の拳骨を食らった。近藤よりは大分手加減されていたが。
彼は自分の頭をなでる沖田を無視し、さっと診断する。

「こいつ、どうしたんですかィ?」
「…貧血だ。起きてまだ間もないというのに。何故誰も止めなんだ」

松本医師は道場内をぐるりと睨み、さらに厳しい言葉を紡ぐ。

「恥を知れ恥を」
「俺は止めたんですがねぃ。土方コノヤローが」

ケロっとした顔で、沖田は土方を指差した。

「嘘つけ!すべての元凶はてめーだろうが!」
「どちらも同じじゃ。今度ワシの患者に無断でこんなことしたら、ただじゃおかんからな」

その一言を聞いた瞬間、道場内にいる男たち全員の血の気が引いた。
松本医師は真選組専属の医師である。隊内では絶対に逆らってはいけない人物ワースト1でもある。
何故なら以前に彼の指示を聞かず勝手に仕事に復帰した隊士が、しびれ薬を飲まされ一週間寝たきりになったり、毒薬を飲まされ三途の川を渡りかけたりと、恐ろしい事をやってのける男である。

彼がそんなことをしても問題とされないのは、傷の絶えない職業柄彼の腕に真選組は助けられているからである。
そしてなにより、いつも正論を言うのは松本医師なのである。
運び込まれてきた担架にを乗せると、彼はさっさと道場から出て行ってしまった。














 急遽招集された各部隊の隊長たちは、大広間に待機していた。
そこに遅れて近藤が入ってきた。

「いや〜すまんな皆」

近藤はいつもと変わらない調子で、集まった幹部たちを見渡した。

「実はな、この間拾ってきた女の子の事で皆に話があるんだ」

近藤の言葉に、集まった幹部達は特に驚いた様子を見せなかった。
彼らも今回の緊急招集の内容が、彼女の事であるだろうという事は多かれ少なかれ予想していた。
昼間に起こった騒動も、既に隊内では知らない人間はいなかった。

「やっぱりあの子は攘夷関係者って事で決まりですか?」

一人が近藤に問いかけた。

「まだそうと決まったわけじゃない」

その言葉に、その場にいた全員が困惑した。
直接立合いを見た者もいれば人伝に事の顛末を耳にいれた者もいるが、皆一様にまず間違いなく攘夷関係者との結論を付けた。
それもただの関係者ではない。それ相応の位置にいる人間だと判断した。
今回の招集も、その事について改めて局長から決断が下され今後の彼女への処遇が示されるものだと誰もが思っていた。

「皆に集まってもらったのは、他でもない」

近藤はそこで一旦言葉を区切り、それぞれの顔をゆっくりと確認しながら見渡した。

「彼女を真選組うち隊士なかまとして迎え入れようと思う」

彼から放たれた言葉に、そこにいた全員が驚愕で色めきたった。

「局長、正気っすか!?」
「馬鹿言っちゃいけねぇぜ」
「身元不明者ですぜ」
「だいたい、間者だったらどうすんだ」
「オレはあの子に賭けた!!」

力強い近藤の声は、その場の全員の言葉を一瞬にして飲み込んだ。
近藤は苦笑しながら、誤魔化す様に頭をかいた。

「あの立ち回りを見て、確かにオレもそうなんじゃないかって思ったんだがな」

近藤は少し前の彼女を見ている様な、少し遠い目をした。

「総悟がけしかけてもそれに乗らなかった」
「芝居だったって考えられるだろ」

彼らの言葉に、近藤も頷いた。そして、沖田に向き直ると

「総悟はどうだ?芝居だったと思うか?」

と軽く問うのである。問いかけられた沖田は、少し迷惑そうな顔をした。

「さァ、どうですかねィ。頭悪そうなんで、芝居出来るとは思えませんけどねィ」

少し考える素振りを見せてから、思ったまんまを口にした。
沖田の答えに、近藤は満足したように何度も頷いた。

「オレもそう思う。あの子は嘘をつちゃいない」
「だからって何も隊士じゃなくても良いんじゃないですか」
「これが稀に見る逸材でな!!実は喉から手が出るほど欲しい!!」

近藤は周りが関心してしまうほど、潔い返答だった。
しかし、近藤の潔い態度に誰もが渋い顔をした。

「頼む!!オレはあの子を信じたいんだ!!」

近藤は言うと、彼らに向けて深々と頭を下げた。
こんな時、どんな事を言っても近藤の決意は変わらないのを身に染みて彼らは理解している。
一同は近藤の隣で黙っている土方を見た。
土方はゆっくりと煙草を吸い込むと、またゆっくりと紫煙を吐き出した。

「てめぇら諦めろ。オレ達の大将が言いだしたら聞きゃしねぇのは分かってんだろ」

土方は既に諦観を決め込んだ顔をしていた。
副長である彼が諦めているのであれば、自分達が何を言ったところで意味のない事だと組長達も諦める。
彼らの態度に、近藤は少年の様に晴々しく笑った。

「皆よろしく頼む!!」
「まぁ、この間の幕臣の事件の重要参考人でもあるしな」
「もし、目撃者が生きてるってわかったらまた命を狙われかねん」
「そうなんだ!!皆であの子を護ってやってくれ!!」
「でも、真選組うちに入れるっつっても何させるんです?あんな女の子に」

そこで土方はここぞとばかりに近藤に釘を刺した。

「隊の編成やその他の諸々についてはオレに一任してもらうぜ近藤さん。アンタが疑ってなくてもあの餓鬼の疑いが晴れた訳じゃねぇ。あくまで保護と監視っつーことだ」

その厳しい言葉に、近藤は怯むことなく力強く頷いき笑った。

「ああ、すまんなトシ。よろしく頼む」

土方の嫌味に気付いていないのか、気付いていて彼を心底信用しているからそうするのか、近藤は安心しきった様に笑う。

「そう思うなら面倒事は持ちこまないでくれ」

近藤の態度に土方は重い溜息をついた。

「いいかてめぇら!!気ィ引き締めて行けよ!!」

土方の喝に、それぞれ表情を引き締めた。





2015/05/23 再投稿
2011/03/08


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