女には女の意地がある
連れてこられた道場の倉庫は、沢山の竹刀や木刀がきちんと整理されていた。
眠っている間に洗濯をされた稽古着に着替え直し、彼女は身も心も引き締めた。
どれでも好きなものを使えと言われたので、小太刀に近いものはないかと探したがやはりなかった。
仕方がないので、近くにあった木刀を手に取り二、三度素振りをしてみた。
の手には全くしっくりこないが、仕方ないと諦める。
―――いいか、女だとか男だとか関係ねぇ。逃げる為の言い訳をするな―――
彼女の鼓膜に、忘れられない大好きな声が甦る。
彼の言葉や声は何時だって、諦め癖の付いたの小さな手を引いた。
大きくて、ごつごつした温かい手は彼女の色のない世界を極彩色に塗り替えていく。
―――俺ぁよぉ、お前以外に弟子がいねぇし、とるきもねぇ。だからよ、お前が一番弟子ってこったな―――
は今でも、その人の笑顔を鮮明に覚えている。彼女の成長を何よりも喜んでくれた人。
いつも下ばかり向いていた彼女の視線は、いつからか目の前を歩く大きな背中に釘付けになっていた。
寂しい時、悲しい時、いつも手の届くところにいてくれるその人は、彼女の小さな背を優しく押してくれる。
大好きな笑顔は決まってを笑顔にしてくれる。
大きくて遠くてしかし一番近いその人は、小さな少女を生かした。
その人は、今でも彼女の真ん中でしっかりと生きている。
彼が最初に小さな少女に与えたのは、生きるための力だった。
その次にいつか、自分が守りたいと思うものが出来たとき、守ることが出来る力をくれた。
彼女にとってその人に与えられた小太刀は、全てであり唯一の心の拠り所だった。
―――ちょっとばっかし強い奴は、力を振り回したくなる。だがなぁ、俺たちの使う力は、そんな安っぽいもんじゃぁねぇんだよ―――
悔しかった。は自分を否定されたことも、簡単に大切なものが他人に奪われてしまった事も。
彼女にとって、土方の言った言葉は大嫌いな言葉だった。
あの言葉はだけでなく、彼女の大切な人を侮辱された気がしてならなかった。
の大好きなその人は、性別や年齢ではく自身を真っ直ぐに見て認めてくれた。
幼心に嬉しさと喜びを感じずにはいられなかった。
だから、は言い訳をしない。女だとか男だとか関係ない。
それは、出来ない為の言い訳なのだ。
自分には出来る。出来る事が沢山あるのだと証明する。
は証明しなければならない。
己の強さと彼の教えが正しい事を。
託された『青菜』は、彼の人がを認めてくれた証である。
だからは示さなければならない。にこそ『青菜』は相応しいという事を。
が教わったすべての事が、正しいのだと彼らに身をもって分からせてやらねばならない。
「準備は出来やしたか?」
沖田が倉庫の入り口から余裕綽々の笑みを浮かべ、に声をかけた。
彼の人を小馬鹿にした様な態度に、は改めて苛立ちを覚えたがすぐに取り乱す程短気ではない。
彼の態度は、彼女をワザと不快にさせている様な分かりやすさがある。
は自分自身に冷静になれと心を落ち着かせた。
「あたしの実力を認めたら、青菜は返していただきます」
「構いやせんぜ」
沖田は軽く返事をし、ニヤリと口角を上げた。
「アンタに、実力があればの話ですがねィ」
はきゅっと唇を引き結び、道場へ一歩踏み出した。
2015/04/19 再投稿
2011/01/21