昔話は3割増しで語られる
真選組屯所のとある一角、幹部の限られた人物が入ることを許された部屋に近藤・土方・沖田・山崎は集まっていた。
昼間だというのに締め切られたその部屋は薄暗く、障子越しの陽光は柔く部屋を照らしだしていた。
近藤と土方は何やら深刻そうな顔をしていたが、沖田はテレビの前で寝転びせんべいを齧っていた。
山崎に関しては障子の近くで正座をしていた。その顔には、疲労が色が濃い。
土方は紫煙を一度大きく吐き出すと、瞳孔が開いた鋭い視線を山崎に向けた。
「んで、首尾はどうだった?山崎」
「それがさぁーっぱり」
問いかけられた山崎は両手を顔の脇まで上げ、やれやれといった風に首を振った。
「てめぇ!仕事なめてんのか!!ああ!?」
その仕草に短気な土方は山崎の胸倉を掴み上げ、今にも斬りかからんばかりの勢いで迫った。
「わぁー!!すいませんすいません!!でも仕方なかったんですよ!この二日間江戸中の戸籍調査や聞き込みしても、あの子に該当しそうな人間が出なかったんですって!!捜索願もないんですって!!休みもないんです!!」
「まぁまぁ、トシ。そう山崎を責めてやるな」
殺されそうな勢いに山崎は必死に弁解をする。近藤はいつものやりとりに呆れながら土方を止めた。
土方はその言葉に素直に従い、舌打ちしながら山崎から手を離した。人心地ついた山崎は安堵のため息を漏らす。
本来ならたった二日間という短い間に江戸中の戸籍を調べ、聞き込みをするなど不可能に近い作業だ。
それを山崎は、それこそ寝る間を惜しんで調査を進めた。
結局空振りに終わったが、それでも彼の有能さを労っても良いのだが報われないのが彼の宿命である。
気を取り直し新たな煙草に火をつけ、土方は次の話題に移した。
「で、あいつの持ってたエモノの方はどうだ?」
「そっちに関しては、すぐに調べがつきました。副長の読み通り鉄鬱作、裏最上大業物・青菜でした」
土方の質問に山崎ははっきりと断言した。
「やっぱりか」
山崎の言葉を聞いて、吊りあがった鋭い目を眇めた。
裏最上大業物とは、攘夷戦争初期に刀鍛冶の鉄鬱によってこの世に生み出された5工の刀を指す。
彼の数ある作品の中で、5工しかない最高傑作でもある最上大業物。名高い刀鍛冶の鬱鉄は、天人を殺すことのみを目的として5工の最上大業物を作り、5人の侍達に授けた。
その切れ味は並々ならぬ美しさで、それを持つ侍達は狂気的な力を有し恐れられた。
刀が強かったのではない。刀が侍たちの才能をあますことなく発揮させたのだった。
彼らのために作られた刀は、その存在意義を十分に果たした。
しかし、攘夷戦争中に刀と使い手の侍達は、たった2振の刀と2人の侍達を残し、この世から去ったのである。
一方、作者の鉄鬱は刀を作成後すぐに死去し、その後を継ぐ者もなかった。
作られた刀はどれもそれぞれに特徴を持ち、最上大業物としてその価値を大いに高めた。
されど、凶器を孕んだ力と使い手が全員攘志士であったがために、その存在は闇へと葬られる事となる。
故に頭に“裏”をつけ、裏事情に通ずる者しかその存在を知られることはなかった。
「土方さん。青菜の使い手は、10年前に死んだんじゃなかったですかィ?」
いまだに視線はテレビに釘付けの沖田が、口を挟んだ。
その格好にてっきり話を聞いてないものと思っていた土方の代わりに、山崎がその疑問に答えた。
「確証はないですが、その線が強いかと」
山崎はどこからともなく資料を取り出し、淡々と読み上げる。
「当時の青菜の使い手。山江育造は10年前に忽然と消息を絶ち、それ以降全く手掛かりがありません。死んでる確証もないですが、生きてる証拠もありません。あの娘が山江育造と接触していた可能性は否めませんが、あの娘らしい記述の資料はどこにも見当たらんのです。血筋も調べましたが、彼の親類は・・・」
「なぁ、山江育造とあの子は関係ねぇんじゃねぇかなぁトシ。あれは持ってるだけで値の張るもんだし、何かの偶然でたまたまあの子の手元に」
「行くはずねぇよ近藤さん。使い手だった山江育造っていやぁ攘夷戦争時代名を馳せてた剣豪だ。おまけにその片割れは今じゃ武闘派攘夷浪士の頭だ。それに、あの日近くで幕府の関係者が殺されてる。関係ねぇって方が不自然だ」
「でもよう、小太刀には殺した形跡がなかったしよぅ」
近藤は両手の人差し指を突き合わせ、拗ねた子供のように唇を尖らせた。
「気持ち悪ぃことしてんじゃねぇよ」
土方は近藤の仕草にうすら寒いものを感じ、眉を顰めた。
花も恥じらう年頃の娘がすれば、可愛げがあっただろう仕草も目の前のゴリラ顔のごつい男がすると気持ち悪くて仕方がない。
「じゃぁ、土方さんはあの娘が攘夷浪士だってんですかィ?」
「攘夷志士かどうかはさておき、関係はあるだろう。武芸の嗜みは少なからずあるんだろうぜ」
少女の世話をしている医師が、娘の両手に剣たこがある事を確認している。 廃刀令が布かれる前だったとしても、女が剣を握る事は考えにくい。ならば、女の身で剣に励み、廃刀令のご時世に大事そうに刀を所持する理由がある筈だと土方は睨んでいる。
「しかし、もしそうだとしても青菜を持ってるってことは、それなりに重要人物な筈…。そんな人物が今まで知られず、ひょっこり現れるなんて…どうも腑に落ちませんね」
納得がいかない山崎は、やんわりとその可能性を否定する。
「何も知らされずに使われてたかもな。だが、場合によっちゃでかい魚が釣れるぜぇ」
「おい、トシまさかとは思うが」
「必要があれば、なんだってするぜ」
土方は凶悪な笑みをその顔に浮かべた。
「流石、鬼の副長と謳われるお人でさぁ。女子供にも情も涙もねぇや」
「何とでも言え」
そんな土方を沖田は感情の読めない冷めた目で見るが、土方には関心がなかった。
「しかし、山江程の大物が10年間全く何の音沙汰もないってのがどうにも…。何故今さら」
山崎がここ2日間で調べた資料は、ある日を境に彼の消息がぱったりと途切れていた。
その後彼の名前が資料に上ることは、一度としてなかった。
それまで攘夷戦争や攘夷活動関連の資料に目を通すたびにその名前がちらついていたにもかかわらず、不自然なほどに彼の存在を示してくれる手掛かりはなかったのである。
「死んだ事を隠してぇんなら影を作って攘夷浪士の指揮を高めたり取引の材料に使えば良いってのに、そんな動きもねぇ。おまけにひょっこり出てきた手掛かりがあの女じゃねィ」
「山江育造の影を作るなんて、それこそ造作もない筈」
「それだけ、隠したい何かがあったのか…」
それぞれが分からない答えを思案し、その場には重たい空気が垂れこめた。 暫くして落ちる沈黙を破ったのは、土方だった。
「考えても仕方ねぇ。山崎、てめぇは引き続き裏を固めろ」
「ええぇ!?この二日間碌に寝てもないのに休みなしっすか!?」
「何か文句でもあんのか?ああ!?」
「行ってきます!!」
刀をちらつかせる土方に恐怖した山崎は、脱兎の如くその場から立ち去った。 その姿にふんと鼻を鳴らすと、土方は立ち上がった。
「じゃ、近藤さんおれぁ仕事にもどるわ」
「ああ」
「あの女が目を覚ましたら、事件の事も含め取り調べするぜ」
チラリと確認した近藤の表情は晴れない複雑なものだった。
近藤の性格上、女子供にはどうしても甘くなる。それが彼の長所であり短所でもある。
「おれの分までがんばってくだせぃ」
沖田の言葉を聞いた瞬間、土方の名神に青筋が入った。
「て・め・え・も・い・く・ん・だ・よ」
土方は容赦なく沖田の襟首を掴み上げ、引きずる。
「ち」
「切腹させんぞ、コラ」
そう言って二人は睨み合いながらその場を後にした。
2015/03/14 再投稿
2010/12/29