雨が降った後の河に近付いちゃいけないのはサルでもわかる






近藤と土方はとある料亭で、幕臣の接待をしていた。
土方の隣で笑いながら、近藤は楽しそうに酒を嗜んでいる。今回の接待は、近藤の旧友が昇格した祝いに招かれたものだった。
お互い多忙な身の上の為、何か特別なことでもなければ酒を酌み交わすことさえままならない。
土方も面識のある人物で、人柄もいい。その所為もあり、いつもの接待よりも酒がうまかった。
土方は、二人の会話に必要以上に口をはさまない。どちらかといえば無口な部類に入る彼の性格である。

土方がふと、窓の外に目をやると先程よりも雨脚がだいぶ激しくなっている。
稲妻が走り、ゴロゴロと龍が唸る様に雷鳴が轟いている。ここ最近、雨がずっと降り続けていた。
土方は雨空を気だるげに見上げ、さっさと上がってくれよと念じる。
雨の所為で市中見回りは普段以上に億劫であり、隊士達の士気も下がる。加えて、交通事故や土砂崩れなどの災害が起きやすくなる。
正直これ以上余計な仕事を増やされたくはないというのが彼の心情である。手を焼く部下を持つ土方にとって、それは切実な願いだった。

「名残惜しいが、お互い暇じゃない」

どうでもいいことをつらつらと考えていた土方の耳に、幕臣の声が流れてきた。 彼は言葉のとおり、残念そうな顔をしていた。


「そうだなぁ。屯所を長く空けるわけにもいかんしな。そろそろこの辺で帰るとするか」

近藤も腰を上げた。土方もそれに倣い、刀を腰に挿した。









料亭の玄関先で短い挨拶を交わし、彼らは別れた。

「近藤さん、ちょっと待っててくれ。今迎え寄越すから」

そう言って土方は携帯を取り出し、ボタンを押す。

「ああ、頼む」

近藤は短く返事をし、なんとなく轟々と音をたてて流れる激しい濁流に視線を落とした。
自分たちがいる軒下と、目の前の川までは道幅はとても狭い。
軽自動車が一台やっと通れるくらいの広さだ。しかし、川には柵も何も設置されていない。

水かさが増した川は、ゴウゴウと地を揺るがす唸りを上げている。茶色く濁った水は、色々なものを飲み込んであっという間に押し流していく。
ここ最近寒さも和らぎ大分日が伸びてきていたとゆうのに、ここ数日は雨ばかりが続いていた。


もうすぐ、春だなぁ


近藤がそんなことを思っていると、どこからともなくバシャバシャと水が跳ねる音が聞こえた。
それは、ものすごい速さでどんどん大きくなっている。電話を終えた土方も気付いたらしく、辺りをキョロキョロと警戒している。
彼らの職業上、闇討ちなど考えられなくもない。局長、副長ともなれば尚更である。

「雨ん中走るモノ好きでもいんのか?」

土方は、煙草に火をつけながら憎まれ口をたたく。軽口をたたきながら、二人の間には緊張がはしる。

「そんなもの好き」

いないだろうと紡ごうとした近藤の目に、すぐ横の角から勢いよく飛び出した人影が写った。
路地を抜けたにも関わらず、その勢いは止まらない。
二人の手が反射的に腰に帯びた刀に伸びる。
しかし、飛び出してきた人物は二人には目もくれずにまっすぐ川へと向かう。

「ちょっとまったぁ!!」

近藤は思わず叫んでいた。が、時すでに遅く、その人影は激しい濁流の中へと飲み込まれる。
近藤は叫んだと同時に、走り出していた。

「待て!!近藤さん!!」

土方の制止も虚しく、新選組局長の姿は激しい濁流の中に消えてしまった。




2015/03/14 再投稿
2010/12/25


top/back/next