てるてるぼうずの歌は結構えげつない
こんなとこで何してんだい?お譲ちゃん。皆と遊ばんのか?
だって、しらないこたちだもん
なんだい、お譲ちゃんシャイなのか?んなもん、遊んでたら関係ないさ。皆と遊んだら楽しいぞ?
おそとであそんじゃいけないって、おかぁさんが
どうして?
しらない
でも、遊びたいんだろ?
…うん
そうか、そうか。お譲ちゃん名は?
はざぁざぁ降りの空を見上げ、ため息をひとつ零した。
出かける前に確認した天気予報では、午後から夜にかけて雨だった。
天気予報に従い持っていた傘を使っているが、雨脚が激しく靴の中はぐしょぐしょだ。
これだけ激しく降れば、さしている傘は既に意味をなしていない。
煙るほどの雨のせいか、彼女の周りには人影はまったくない。
普段から人の通りが多い道ではないものの、それでも全く人が通らないという事はない。
も経験した事がない大雨に、既に何度目かもわからないため息をついた。
一つ幸いな事とすれば、普段はすれ違う人に好奇の目で見られる彼女のいでたちを気にする事はないということくらいである。
毎月一回、彼女は昔から愛用している稽古着を身に纏い大切なモノを持ってある場所へ向かう事が恒例となっていた。
今もその帰り道で、たまたま天気が悪かったというだけの話である。
彼女は出来るだけ早く足を動かすが、雨はどんどん強くなるばかりか遠くで雷まで鳴りだした。
は冷えた腕にソレを抱え、出来るだけ雨に濡れないようにと気を配る。
強くなる雨の中通い慣れた道をただ下を向いて黙々と歩く。
例え前を向いて歩いたところで、雨の所為で煙って一メートル先くらいしか見えない。
もっとも、前を見ずとも歩けるほど家へ帰る道順は体にしみ込んでいる。この道は学校帰りに真っ先に彼女が通る道だった。
毎日毎日飽きもせずに通っていた。それは、まだ彼女がランドセルを背負っていた頃から始まった。
年を重ねる毎に、そこにいる時間がだんだんと長くなった。しかし、それも長くは続かない。
2年前から極端に通る回数が減ってしまった。今では、特別な日にしかほとんど通らなくなってしまった。
彼女は足を急がせながら家に着いたら風呂を沸かして、風呂からあがったら夕食の準備をしようとつらつらと取り留めもない事を考えた。
ボーっとしながら歩いていると、突然周りが真っ白になるほど眼が眩む強い光が飛び込んできた。
思わず足を止め、反射的に両目を瞑った。すぐに破裂する様な雷鳴が轟き雨の音さえもかき消した。
咄嗟に顔を上げたの顔面に、冷たい雨とは違う温かい何かが点々と飛び散った。
の視線の先には何時の間に現れたのか、男が何かを振り下ろした格好で立っていた。
男の目の前にはビクビクと痙攣するように動く塊と、真っ赤な水溜りが出来ていた。赤い液体は、転がっている物体から噴き出している。
また稲光があたりを明るく照らし、雷鳴が轟いた。雷鳴に応えるように、男が握る棒がギラギラと光る。
は雨と土の他に、強い鉄臭さを嗅ぎ取った。
そして、知らない誰かと目が合った。
雨に濡れるのもかまわず、は人生で初めて全力で走る。彼女の手に傘はもうない。咄嗟に目の前の男に投げ付けていた。
投げつけると同時に、体が勝手に走り出していた。
ヤバイ
彼女の頭の中には、それだけしかなかった。彼女の全身が、危険を察知し警鐘を鳴らす。
背後には自分を追ってくる気配がする。脇目も振らず、恐怖心を紛らわすが如く彼女は更に加速した。
誰か助けを求めても、誰も見当たらない。仕方がない、こんな大雨の日でなければ誰かいただろうに。
しかし、ここで愚痴っても仕方がない。懸命に走りながら、彼女は頭をフル回転させる。
この先の角を右に曲がって、さらに三つ目の角を左に曲がれば大通りに出る。そこなら誰かいるはずだと彼女は考えた。
最悪、店の中に入り匿ってもらえればいいと思う。
まず右に曲がる。その時、彼女は角に置いてあった大きいごみ箱を体の反動を使って勢いよく後ろに倒す。
がたんと倒れる音がした。暫くして更にガンっという音がする。
追手が、ごみ箱をどうにかしたらしい。音から察するに、距離は少しあいている。しかし、早く撒かなければいずれ追いつかれる。
恐怖と全力疾走で息が上がるが、今はただ只管に足を前へと踏み出す。
一つ目の角を通り過ぎ、やっと二つ目の角に差し掛かった時、後方から何かが飛んでくる。
彼女は反射的に後ろを振り返りそうになり、無理やり顔を前に向けた。
振り返って確認する余裕などないし、彼女は恐怖でそれができない。ますます急き立てられ、我武者羅に足を動かす。
三つ目の角を左に曲がり、大通りを目指す。大通りは人だけではなく自動車の交通量も特に多い道路になる。
しかし今は車に轢かれようが、彼女にはこの際関係ない。とにかく人を、助けをと減速することなく勢いよく路地から抜け出した。
は確認もせずに少し安堵した。これで何とかなると、無意識に安心してしまった。
何の保証も確信もないのに、そこには自分がよく知る景色が広がっているのだと勝手に確信していた。
瞬間、の足が空を蹴り大きくバランスを崩す。そこにある筈の地面はなく、雨の所為で増水した激しい濁流があった。
彼女は息をのみ咄嗟に左手に持っていたソレを強く抱きしめ、固く眼を閉じる。
は重力に逆らう事も出来ず、勢いよく川にダイブした。
の耳に誰かの声が聴こえた気がした。
2015/03/13 再投稿
2010/12/23