は、うまく回らない頭で彼らの会話を聞くともなしに聞いていた。
傷と血を抜いたショックのせいだろうか、彼女の頭はあまりうまく機能していない。
彼女は内出血による圧迫がなくなったせいか、幾分か辛さが和らいだように感じていた。

「見ろ、洞窟だ」

リボーンが指差した先には岩の隙間に出来たような洞窟があった。皆が様子を見ようと洞窟に近付いていく。
も置いていかれないように近付こうと腰を上げようとした瞬間、まるで掬いあげられるかのようにして体が宙に浮いた。

「無理すんなって」

頭上から降ってきた言葉で、それがだれの所為だかすぐに分かった。
唐突な彼の行動に、顔に熱が集中するのが分かった。はディーノによって横抱き、俗にいうお姫様だっこをされた状態であった。

「ちょっと!下ろしてよ!一人で歩けるから」

じたばたともがいてみるが、まるで意味がない。男と女の力の差もあるのだろうが、もともとの体格差も相まってビクともしない。

「だから駄目だって。こんな足で歩けるわけねーだろ。大人しくしてろって」
「そうだよ!無理しちゃ駄目だよ」

そんな二人のやり取りを見ていた綱吉が、慌ててを止めに入る。はめっぽう綱吉に甘い。綱吉にそんなことを言われれば、大人しくならざる負えない。
しかし、そこでしおらしくなるではない。きっとディーノを睨みつけると、

「貸しにしておくから!」

と、のたまった。その迫力の無さに全員が苦笑を零すしかなかった。
それを知りつつも、自分の態度を曲げられない自分に、はもやもやした気持ちを覚えた。


 先程見つけた洞窟は人が横に二人並んで歩けるほど入口が大きかった。
自然にできたそれは、周りに蔓を絡ませ奥がどうなっているのか暗くて全く分からない。

「へーこの中なら寒さを凌げるかもな」

山本は窺うように洞窟の中に入ろうとした。

「迂闊に近づくなよ。獰猛な生き物の巣ってこともあり得る」

も山本の様に興味津々という風に首をのばす。
出来ればこんなところで夜明かしはしたくないが、皆でいると案外楽しいかもしれない。
それに、山の天気は変わりやすいというし、雨風をしのぐにはもってこいである。
ただ、中がどれくらい広いのか、どういう状況になっているのかも分からない状態である。
入っても大丈夫なのだろうかと少し不安になる。

「オレが中の様子を見てくる」

獄寺がポケットからライターを取り出しながら一歩前に出た。それにぎょっとしたのは、である。
こんな得体のしれない洞窟の中に、中学生の少年を一人で様子見に行かせるなど間違っている。もしも何かあったらどうするのだ。

「でも、何かあったら…」
「大丈夫ッスよ!ちょっと見てくるだけッスから」

胸を張って笑う少年が自分の弟などよりもよほど頼りに見える。しかし、所詮見えるだけでしかない。
どんなに変わった少年であろうと、中学生の子供には変わりないのだ。
だが、反論しようにも今の自分のこの格好では得力のかけらもありはしない。
そうこうしているうちにずんずんと彼は奥に進んでいく。

「何かあったら大声あげるんだぞ」
「誰が上げるか。アホ」

は心から何もないことを祈るしかなかった。
が、暫くすると彼の絶叫が洞窟の奥からこだまを伴って聞こえてきた。

「獄寺君の悲鳴だ!」
「何か来てる!」

全員に緊張が走る。一体、この中から出てくるのはどんな怪物なのだろうか。
だんだんとおぼろげにそのシルエットが見えてきた。
一気に緊張感が高まる中、出てきたのは―――

「あら」
「ビアンキ!!」

自分の弟に肩を貸して出てきたのはビアンキだった。全くの予想外な展開に、一同が脱力感を感じた。

「え!?つーかなんでビアンキがここに居るの?」
「三日間毒キノコを採取しているうちにここに辿り着いたのよ。なかなか楽しい場所よ。帰ろうとしても同じところに戻ってしまうの」
「遭難の自覚がない!!」

は、そういえば最近彼女を見かけない事を思い出した。
彼女は忽然と姿を消すが、彼女が彼女であるがためにあまり心配はしていない。
しかし、まさか遭難していようとは夢にも思わなかった。寧ろ3日間も恐慌状態に陥らず、無事だったことを褒め称えたい。

「こ…こんなところで会うとわな…。毒サソリ」

頭上から僅かに上ずった声が降ってきた。思わず見上げると、少し青い顔をしているようである。

「来てたのねディーノ」

彼女もディーノを知っているらしいが、そっけなく言葉を返した。

「知り合いだったんだ」

今のご時世いくらイタリアといえど、彼らマフィアの世界は割と人間関係が限られているのかもしれない。
ディーノの時もそうだったが、何故か既に顔見知りというパターンが定着しつつある。
世の中というのは案外狭いものらしい。

「まあな。毒サソリにはリボーンの生徒の時に何度か殺されかけたんだ」
「ああ、成程…」

何となくその光景が目に浮かんでしまう。自分もそうだが、彼女も男性に対しての仕打ちはなかなかに酷いものなのだ。

「ところで三日間の食料はどうしてたんですか?」
「毒キノコや…毒キノコね」

それでどうやって生きてこれたのだろうかと、全員が心中で突っ込んだに違いない。
きっと、彼女の体は毒キノコで出来ているのだ。さっきの間は他に何を食べていたのか若干気になる。

「それはそうと、貴方その恰好どうしたの?」
「え、いやぁまぁ、色々ありまして簡潔に言うとですね、足を挫いちゃったのよ」

彼女の指摘に忘れていた熱が再び顔に集中するのが分かった。
心だけでなく、体も小さくしてなんだか居心地が悪い。何時か、彼女にディーノの愚痴を零したことがあったのだ。
その当の本人がその相手に横抱きにされているとなれば、さぞや滑稽に映っているだろう。
しかし、彼女の反応はが予想したものより幾分か違っていた。
担いでいた弟を無造作に放り投げると、堂々と仁王立ちになる。
おまけにディーノ、綱吉、山本、最後に自分の弟の獄寺を冷めた目で見た後

「そう、男が4人もいてレディの一人も守れないなんてね。『跳ね馬』の名も大したものではないのかしら」

彼女の言葉に、そこに居た彼らは一様に苦いものを噛み潰したような顔になった。

「ビ、ビアンキ!これは私のミスだから!この年にもなって自己管理も出来ずに皆に迷惑かけてるのは私だから!」

まさか、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。
いつものように、何をやっているのよとため息交じりに鼻で笑われるのかと思っていた。
どうしようもない妹を見るように、目を少し細めて慈愛に満ちた瞳で自分を見て外人特有の肩を竦めてみせる仕草で微笑んでくれると思っていたのに、これはどうしたというのだろうか。
慌てて取り繕うを見て、ビアンキは首を少し傾げると

「まぁ、割と元気そうね」

フンと小馬鹿にしたように鼻で笑う。全然納得している風に見えないのは、見え見えだ。
でもこれ以上この話を続ける気はないらしい。は彼女のこういう切り替えの速さが好きなのだ。


そしてビアンキは思い出した様に、洞窟を振り返り声をかけた。

「貴方達、出てらっしゃい」

ビアンキが声をかけると、洞窟の奥から何やらうめき声の様な、鳴き声のようなものが聞こえてくる。
まさか、彼女は何かをあの洞窟で飼っていたのだろうか。ビアンキならやりかねないと一抹の不安が過る。

「な、何の声…?」
「他にもいるのか?」

しかし、出てきたのはまたしても彼らの予想を外れるものだった。

「なんでお前たちがここに居るんだよ!?今朝家で会っただろ!?」
「ツナさーん!!」
「ハル!?」
「ハル達は2時間くらい前にここに迷い込んできたの。帰り道が分からないと言ったら突然泣き出して」
「それが普通の反応だぞ」

ディーノは呆れたように突っ込んだ。
これだけ人数が多くなってくると、遭難しているというよりもまるでピクニックに来ているような錯覚に陥る。
どうしてだろうか。重くのしかかる様にしてあった不安が、いつの間にかどこかへ行ってしまっている。
傷も痛むが、こうやって大人しくしていればなんの問題もない。


 は、少し離れたところで彼らがせっせと野宿のために働いているのを眺めていた。
足の怪我のため、何も協力する事がなくただ彼らを見守っている。
突然暴発音がしたかと思うと勢いよく炎が燃え上がった。それは瞬く間に広がりあっという間に囲まれてしまった。

「火の周りが早い!洞窟に非難するぞ!!」

ディーノがに駆け寄り、抱えて走り出そうとした瞬間に洞窟の入口が吹き飛んだ。

「お詫びにランボさんも火つけるの手伝うもんね!」

混乱した子牛のランボが手榴弾をやたらめったら投げてしまっている。
そのおかげで完全に退路が断たれてしまった。
あまりの急展開にが茫然としていると、いきなり何かを頭から被せられた。

「これ被ってろ」
「ちょっと何よ!?」
「いいか、絶対に煙を吸い込むなよ!」

言いながらディーノはの頭を抱え込むように、自分の胸へ押しつけた。
視界も身動きも奪われ、彼女はなすすべなくディーノに身を預けるしかなかった。
ディーノは自分の上着を脱ぎ、に被せることによってが炎や煙から守ろうとした。


ディーノが急いで走っているせいか、酷く揺れて振り落とされないように彼にしがみ付く。
頭から被せられた彼の上着のせいだろうか、煙たくて呼吸ができないくなることはない。
その代わり、彼の匂いで肺がいっぱいに満たされる。
熱くないのだろうか、恐ろしくないのだろうか、そんなことばかりは考えていた。


何故どうして、彼はここまでして自分を守ろうとするのだろうか。
赤の他人なのに。数日前に偶然出会い、たまたま知り合っただけだというのに。
おまけに自分は、彼に酷く当たり散らし優しい言葉の一つも交わしたことなどないのに。
どうして彼はこんなにも優しく、必死に自分を守ろうとしてくれるのだろうか。

は分からない、分からないと心の中で呪文のように繰り返し、しがみ付いている手に力を込める。
掴む手に力が入ったのが分かったのだろうか、まるで安心させるようにを抱きかかえる手にも力が込められた。
その力強さが、不思議と自分の心を包み込んでくれるような錯覚に陥った。
その温かさだけが、今の彼女にとっての真実である。





2015/03/28 再投稿
2011/07/02


D.C.♪♪