ピピピ、ピピピという規則的な機械音によって、眠っていたの意識は緩やかに覚醒した。ベッドのすぐ近くに置いていたスマホに触れ、画面にタップしてアラームを消した。
カーテンの隙間から差し込む光は穏やかで、今日は一日晴れそうだ。まだ睡眠を貪りたい体を何とか起こし、はカーテンを勢いよく開いた。
途端に目にしみる朝日がめい一杯彼女に降り注ぐ。眩しさに少し目をつぶっていたが、次第に慣れていきゆっくりと伸びをした。


はいそいそと身支度を整えると、1階に降りた。綱吉と客人が起き出す前に朝食を食べ終えて部屋に戻らなければならない。
マフィアにはできるだけかかわりたくないというのもあるが、昨日の騒動のせいで"彼"と顔が合わせずらい。
できれば今日一日は彼と接触せずに過ごしたかった。昨日あれだけ心躍らせた食事の約束も、今ではもうどうだっていい。


相手はよりにもよって彼女の大嫌いなマフィアだったのだ。職業差別かもしれないが、そんな人と一緒に食事などしたくない。
は裏切られた気分だった。昨日電話をもらった時はあんなに嬉しかったのに、今では雲泥の差である。
別にディーノが彼女や綱吉に何かしたわけではない。どちらかというと、こんな態度をとっているに対してさえ紳士的に対応してくれる。


分かっている。自分がどれだけ彼に理不尽な事をしているか。それが分らないほど、彼女は子供ではない。
それでも、彼女は自分の心との折り合いをつけられないでいた。心の奥深くに今もしこりは残っている。一生消えてくれないであろうそのしこりは、ずっとずっとを苦しめ続ける。
いまだに時折さいなまれる焦燥と悲壮感は、の心臓を握りつぶすかの如く痛みを与える。それは、ずっとずっと彼女が幼い頃から変わらない。


そんな彼女を絶望の淵から救ってくれたのが、無邪気なか弱い『おとうと』だった。
何も分からない小さな弟は、自分を必要としてくれた。すべてを否定された自分に、唯一できた居場所。
可愛くて、頼りなくて凄く凄く優しい子。そんな弟をどんな事をしたって、危険なものから守ると彼女は幼いころに決めたのである。




 この家の住人は自分なのに、こんな形でこそこそするのは何とも癪だった。朝食をさっさと食べ、彼らが出かけるまで部屋に閉じこもっていたのである。そのおかげで綱吉が出かける時に行ってらっしゃいと言葉をかけてあげることもできなかった。
やっと人の気配が無くなって、部屋から出てきたは酷くイライラしていた。
何もかも昨日から全てうまくいかない。
奈々には朝から怖い顔をして、と少し棘を刺されてしまった。仕方がないので牛乳と4分の1の大きさのフレンチトーストを口の中に放り込んだ。


「あらあら、ツナったら慌てて出て行ったからお弁当忘れて行っちゃったわ」

奈々は右手を頬に当てながら、大変困ったという顔でお弁当が包まれている包みを持っていた。
綱吉はついさっき出かけたばかりである。どうやら寝坊したらしく、慌てて出て行ったみたいだった。

「貸して。今なら間に合うと思うから」

は弁当を受け取ると、ぱたぱたと音をたてて玄関へと急いだ。

「ありがとう。気をつけてね」
「は〜い、行ってきます!!」
「いってらっしゃい!!」

後ろから追いかけてきた奈々の言葉に、律儀に返事をすると玄関を飛び出した。



 は出来るだけ弁当箱を揺らさない様に、並盛中学への道を走っていた。自分も数年前には通っていたので、なんだか懐かしい気分だった。
すると、少し前に並盛中学の制服を着た3人組が見えた。良かった間に合ったと、さらにスピードを上げようとした時、前方の左の角から赤色のスポーツカーが勢いよく飛び出してきた。
かなりのスピードで角を曲がると、一直線に綱吉たち三人の方へと走る。
後ろから迫りくる車に気がついたのか、彼らが道の脇に避けようとした時、車内からロープが飛び出し、綱吉に巻き付いて走り去っていった。


「何あれ!?」

綱吉の友人の獄寺君と山本君には駆け寄った。

「十代目のお姉さま!」
「ありゃここら一帯を締めているヤクザの桃巨会の車だな」

気がつくとどこから現れたのか、訳知り顔でリボーンが立っていた。彼の言った言葉に、彼女は不穏な空気を察した。

「桃巨会!?」
「ヤクザといえば、ジャパニーズマフィアだ。大人マフィアに子供の中学生が適う筈ねぇ。ここは警察に任せるんだな」

リボーンはワザとらしく、彼らにそう言った。普段のリボーンならむしろ真っ先に行くことを勧めそうなのに。
彼女は彼の訳知り顔に、違和感を覚えた。それに、こんな言い方をすればこのまっすぐな少年たちは間違いなく彼の思惑どおりに動いてしまう。

「任せてられません!お姉さますぐに十代目を連れ戻してきます!」
「警察は頼んだっす!」

の予想通り、二人は一も二もなく駆けだした。

「待ちなさい!放しなさいよ!」

が無謀な二人の後を追いかけようとしとき、足が後方から引っ張られた。
視線をやると、リボーンが彼女のズボンの裾を引っ張っていたのである。流石に外見が赤ん坊のリボーンに乱暴なことはできない。
いくら彼の事が気に食わなくても。

「気に入ったぜ」

声に視線を上げると、さっきの赤いスポースカーからディーノが出てくるところだった。
その後に続いてディーノの部下と、縄でぐるぐる巻きにされた綱吉が降りてきた。

「ディーノ!?綱!?どうして…」
「ツナのファミリーを試させてもらったんだ。冷静とは言えねーが信頼はできるな」

そう言いながら彼は、綱吉に悪い悪いと言いながら縄を解いていく。


はディーノの言葉に耳を疑った。彼はわざわざイタリアから日本に来て、偽装誘拐を行い二人の少年をマフィアとして使えるか試したと言ったのだ。
まだあどけなく、大人が守ってあげなければならない存在である筈の少年たちをけしかけた。
本当ならいつもどおりに学校に行って、つまらない授業を受けてそれが終わったら仲良く帰ってきていた筈なのに。
誰かが誰かを心の底から大切に思っている心を、この男は利用した。

「そんな事のために…」

ぽつりとは呟いた。
彼らが綱吉を受け入れて友達として友好があるのは、普段の生活を見ていれば、彼らの態度を見ていれば分かるのに。突然やってきたこの男は下らない自分の基準のために彼らを危険に晒した。
は、自分の胸に燃え上がる炎を感じた。

「ん?」

ゆらりと自分に近付いてきたを、ディーノは不思議そうに見た。少し俯いていたので、前髪に隠れてその表情は窺えない。さっき何かを言ったようだったのだが、聞こえなかった。問いかけようとした時、


パーン


ディーノの左頬が弾けた。遅れてジンジンと熱をもった痛みがくる。
一瞬呆けたディーノは、を見た。彼女の右腕がわなわなと怒りに震えている。彼女の瞳は怒りを湛え、相手を射殺さんばかりの気迫があった。

「ね、姉さん!?」

それに驚いたのは、綱吉も同じだった。
彼らの後ろに控えていた部下たちが少し警戒して動いたが、ディーノはそれをさっと腕を上げて制した。

「これがあんたたちマフィアのやり方か!?本っ当に最低ね!!何様のつもりなのよ!?人を試すなんて!!」

は怒りを言葉に乗せ、感情のままにディーノに叩きつけた。彼女は怒りで吐き気がした。



この言葉には、さしものディーノも少しむっとした。彼は心から弟弟子である綱吉のことを心配して、綱吉のファミリーを名乗る二人を試したのである。
まだ表立っての公表は無いが、この沢田綱吉が巨大マフィアのボンゴレファミリーの次期正統後継者であることには変わりない。
将来綱吉を支えるであろうあの二人の少年は、絶対的な信頼のおける人間でなくてはならない。
それは綱吉の命の危機に直結することになるのだから。
打たれた頬はまだ痛むが、ディーノは勤めて紳士的にいきり立つに話しかけた。

「俺はお前の弟分の事を思って」
「そのためにあの子たちが危ない目にあってもいいって言うの!?とんだ大義名分ね!!」

ディーノが最後まで言い切る前に、は暴力的な言葉を被せた。ディーノは彼女の言葉にその柳眉を寄せた。一体、自分のした事のどこに危険があるのだろうかと理解しかねた。

「姉さん落ち着いて!」

流石の綱吉もの剣幕に脅えつつ、彼女を落ち着かせようとした。それでも彼女の怒りは収まらない。

「桃巨会はこのあたりを一帯を締めてるチンピラ集団なのよ!その後ろには本物のヤクザがいるから警察も迂闊に手を出せないホンモノよ!!」

ディーノは目を見張った。あくまでこれは安全が保障された上での計画だったのだ。だからこそリボーンの提案にディーノも同意した。

「何だって!?おい!リボーンどういうことだ!?」

慌てたディーノはリボーンを見たが、彼は我関せずと言った風に鼻ちょうちんを作っている。ディーノは自分の師に嵌められたと悟った。
ディーノの様子にはフンっと、鼻で嘲った。

「そんな事も知らずにこんな法螺を吹くなんて、本当にどうかしてるわね!綱!」
「はいぃ!?」

綱吉はいきなり名前を呼ばれ、縮み上がった。

「今から家に帰って警察に連絡しなさい!私はあの二人が桃巨会に乗り込む前になんとかして追いつく!」
言うが早いか、彼女は駆け出した。

「姉さん待って!!」

綱吉は走り出したを追うべく、自分自身も走り出した。

「行っちまいやがった…とんだじゃじゃ馬だな。女一人で行かせられっかよ!」
ディーノは綱吉の後に続いた。





 結局三人ともが桃巨会の事務所があるビルに来てしまった。ディーノを先頭に、扉の前に立っている。

「この部屋だな」

ディーノは扉を開き、目を丸くした。それはも綱吉も同じだった。
何故なら山本と獄寺は、ヤクザを全員倒していたのである。二人は扉から入ってきた綱吉たちに気がつくと駆け寄ってきた。
二人とも綱吉が無事な姿を見てほっとした様である。それは達にしても同じだった。

「本当に良かった。二人が無事で」
「ご心配おかけしてすみませんでした!でも、十代目の右腕の俺が、こんなカスどもに負けるはずありませんよ!」
「ご、獄寺君…」
「何言ってるの」
「何してくれてんだ?餓鬼どもが…」

和やかな空気を引き裂くように、奥の部屋から新たな男たちがぞろぞろと出てきた。
手には木刀など、物騒なものを所持している。

「のヤロー次から次へと」
「おい、待て。さっき倒した若い衆とはわけが違うぜ。まだお前じゃ無理だ。大人の相手は大人に任せとけ」

ディーノは獄寺を越え、一歩前に踏み出した。

「俺はキャバッローネファミリーの10代目ディーノだ。こうなったのはすべて俺の責任だ、悪かったな。全員の治療費と備品の修理費は俺が払う。それで手を打ってくれ」

ディーノは温和に交渉すべく、下手に出て話し合いをしようとした。
しかし、相手方の頭と思われる男は、非常に凶悪な顔をしてゆっくりと一歩一歩近づいてくる。

「おいおい、ふざけてんじゃねーぜ。お?なかなか可愛い顔したお嬢さんじゃねえか」

男はに気がつくと、進路を変えに歩み寄る。乱暴にの腕を掴むと、ぐっと自分に引き寄せた。

「お嬢さんよぉ、こんな奴らといるより俺らと楽しい事しよーや」
「放してください」

は脅えた風も無く、あくまで丁寧に、にこやかに自分の腕を放すように要求した。普通の女性ならば恐ろしさで声も出ない状況である。

「おい!」

それに色めき立ったのは、ディーノと獄寺、山本の三人だった。
綱吉だけは、姉の微笑みに一人凍りついた。あの笑顔は絶対零度の怒りの笑み。
彼女の怒りのパラメーターが振り切れた時の笑顔だ。しかし、それを知るのは綱吉だけである。
 そんな事を知る由も無い男は、ディーノたちを牽制すべくの柔な腕にチカラを加える。

「おっと、動くなよ。この綺麗なお手手をへし折られたくなかったらな」

その状況に、ディーノ達は動けなくなる。

「放せと言っているのが聞こえませんか?」

は眉一つ動かさず、笑顔で最後の警告を発した。男はにやりと笑い

「ん?随分強気なお嬢さんだな。俺は嫌いじゃねぐべっ」

男は最後まで言葉を紡ぐ事はできず、勢いよく後方へ吹き飛んだ。は柔軟な体を駆使し、普通の人間なら顎が砕けるほど威力のある蹴りをほぼ垂直にかつ正確に男の顎へとヒットさせたのだ。

「汚い手で触らないでくださいな」

は笑ったままさっき男が掴んでいた部分を、埃を払うように二回ほど叩く。

「ああ、それから。私、自分より弱い男性はお断りですので」
彼女は汚いものを見る目で、ひっくり返っている男を見下ろした。
彼女の行動には、敵だけではなく見方のディーノ達まで唖然としていた。獄寺だけは尊敬の眼差しを向けていた。

「こんのあまーー!!」

この一言を皮切りに、室内での乱闘が始まった。後から駆けつけたディーノの部下により、お互いの数は同等となった。
不利かと思われた戦況はキャバッローネファミリーの参戦とともに、逆転したのである。












2015/03/24 再投稿
2011/03/14


D.C.♪♪