今日のはすこぶる機嫌が良かった。数時間前に遭遇したイタリア人ともう二度と会うことはないと思っていた矢先に、ディナーに招待されたのだ。
良識もありそうだし、何より超イケメン。本当に少しの間しか話ができなかったので何とも言えないが、なんとなく気は合いそうである。
このような偶然に彼女の様な一般女性が、胸を躍らせない訳がなかった。 近い将来自分が行きたいと思っていた国の住人なのだ。
明日はどんなことを質問しようかと、今から考えてしまう。
今日の事を話したら、きっと奈々は大喜びで乙女モード全開のトークに花を咲かせてくれるだろう。
綱吉は冷めた目で、自分たち二人の話を聞くのだろうか。そんな事をつらつら考えながら歩いていると、日本の住宅街にはあり得ない光景が目の前に広がっていた。
まるで映画にでも出てきそうな一場面だ。これから帰ろうという家に、不審な集団が家の前でたむろしている。
黒いスーツの明らかに堅気ではないだろう男たちが、何十人もいたのである。
何かを待っているようで暇を持て余しているのか、それぞれ自分の獲物を調整したり手入れしたりと大変物騒である。
そういえば電話で奈々が、今日はリボーンが友人を連れてくると言っていた。となると、このあり得ない状況がなんとなく説明がつく。
まったくもって、あの赤ん坊はいったい何をしてくれるのだ。これでは近所迷惑どころか、顔をあげて町内を歩けないではないか。
これが自分の家では無かったら、間違いなく大周りをしてかかわり合いにならない様にしていたのに。自分の家なのだから仕方がない。は意を決して男たちに話しかけた。
『こんにちは。ちょっと通してもらえませんか』
はイタリア語で話しかけてみた。リボーンの友人ともなれば、おそらくイタリア人だと踏んでのことだ。
話しかけられた男は、いきなり日本人が自分の母国語で話しかけてきたのがびっくりしたのか少し面喰ったようだった。
『悪いな、セニョリータ。ここは』
男が申し訳なさそうに言いかけたその時、綱吉の部屋から男が一人飛び出した。
は目を見張った。金色に反射する髪をなびかせて飛び出してきたのは、見紛う筈もないあの青年だった。
「てめーらふせろ!!」
切羽詰った声をあげ、彼はひも状の何かを勢い良く伸ばした。彼の事を茫然と見つめていたは、さっきまで話していた黒いスーツの男に頭を押さえつけられ強引にしゃがまされた。
その途端、大きな爆発音が轟いた。遅れて強烈な爆風が辺りに吹き荒れる。
爆風が収まって立ち上がると、黒づくめの集団の中に一際目立つ金髪の青年が立っていた。
周りの男たちは彼に親しそうに話しかけ、彼も満更でもないようである。彼らは口々に彼の事をボスと呼んでいる。
はそれだけで、全てを理解してしまった。彼女は、信じたくないと心から願った。
ふっと、視線がこちらを見たディーノと交わる。彼は驚愕したように眼を見開き、口をパクパクと鯉の様に開閉させる。
「ディーノさん…まさか」
はギュッと両手を胸の前で握りしめた。その先を口に出してしまえば、もう戻れない気がした。
「いや、あのこれは!」
ディーノは全力で両手を振り、何かを弁解しようとしている。その態度が又彼女の心を逆撫でる。
その姿は、明らかにヤマシイ事を隠したい人間のする動作である。
「姉さん!!大丈夫!?」
二階の窓から身を乗り出した綱吉は、声を張り上げた。
「姉さん!?」
綱吉の言葉に大きく反応したのは、ディーノだった。と綱吉を交互に見比べている。
「Ciao、。そいつはツナの兄弟子で、キャバッローネっていうマフィアの十代目だぞ」
綱吉と同じように窓辺に佇む赤ん坊は、少し面白そうなものを見るように彼女に告げた。
出来れば信じたくない事実をあっさりと肯定され、は悲しい様な腹立たしさが込み上げた。
は青い顔をするディーノから目線を一切逸らさず、きゅっと眉根を寄せ彼を睨みつけた。
「最悪」
彼女はそれを告げると、ディーノには一切眼もくれず颯爽と家の中へと入って行った。
所変わって、ここは綱吉の部屋。意を決して話しかけようとしたディーノだったが、は華麗にそれを無視し自室に引っ込んでしまった。
彼女を怒らせると怖いので、綱吉は落ち込むディーノを宥めながら自分の部屋に戻ったのである。
「まさかディーノさんと姉さんが逢ってたなんて…」
「まさかツナとが兄弟だったとは…」
二人して苦いため息が出た。
「俺が危ないことにかかわるの極端に嫌うから、そのせいでマフィアとかも嫌いなんですよ」
綱吉は苦笑しながら説明した。とはいっても、普段はとても温厚で年下などには特に優しい。綱吉にとって尊敬できる大好きな姉なのだ。
「そうだったのか…まぁ、普通っちゃ普通の反応だよな〜。でも、あそこまであからさまに態度が変わると流石に落ち込むぜ」
彼の育った島では、当然のように彼らマフィアを受け入れてくれていた。おまけに彼の人を惹きつける容姿のせいで、女性に避けられることなど今まで経験したことがなかった。放っておいても女からディーノにまとわりついてくる。
恩があり友達になりたいと思っていた相手だけに、ダメージは小さくない。
「っていうか、ツナに姉貴がいるなんて初耳だぜリボーン」
少し恨めしそうに、ディーノはリボーンを見た。言われた本人はけろっとしたものである。
「あいつは正確にはツナの姉じゃねぇからな。それでも、ボンゴレの由緒ある血縁者だ」
「リボーン、そんな言い方するとまた姉さんに怒られるぞ」
はマフィアの血を受け継いでいると言われるのを、殊更嫌がっていた。
何より、綱吉にとってそんな風に自分と姉の事を言われるのは心外だった。確かに自分たちは本当の兄弟ではない。それでも自分の姉はであるし、の弟は自分なのだと自負している。
「本当は従姉弟なんですよ、俺達。でも、姉さんの両親の事情で小さい頃から一緒に育ったから兄弟みたいなもんなんです」
少し照れくさそうに、しかし頑としてそこは譲れないというように綱吉は言葉を紡いだ。
「そっか」
綱吉の言葉から二人の深い絆が垣間見え、ディーノは微笑む。
階下から夕食の準備ができたと奈々の元気な声が聞こえ、この会談は中断された。
早々に食事を終えたは、ランボを連れて風呂場にいた。 脱衣所で服を脱ぎ、下着姿にがなった頃、
「おれっちいっちば〜ん!」
ランボは待ちきれなかったのか、服を着たまま飛び込んだ。
「あっダメよ服脱が…」
の言葉はそこで途切れた。
「きゃああぁぁぁ!!」
「姉さん!?」
「何だ!?」
残った面々で和やかな食卓を囲んでいると、風呂場から今まで聴いたことも無い絹を劈く様なの悲鳴が聞こえた。
その声にいち早く反応したのはディーノだった。しかし、彼が駆け出そうとした瞬間、自分の足で自分の足を踏んづけてしまい盛大に転んだ。
「大丈夫ですか!?」
「てえ、自分の足踏んづけちまった・・・」
「え・・・?」
そんなこと、駄目駄目のダメツナと言われている自分だってしたことはない。さっきリボーンが言っていた言葉を綱吉は思い出した。
リボーン曰く、ディーノ部下がいなければ極端に運動能力が下がるとか。綱吉の思考はランボによって中断された。
「ツナーー!!やばいジョ!怪獣がでた〜!!」
「怪獣!?」
風呂場から逃げてきたらしいランボは、理解しがたいことを言っている。自分の姉がまだそこにいるはずなので、綱吉は急いで駆け出した。
「姉さん!?」
「ツッ君」
は脱衣所で下着姿のままどうすることも出来ず、へたり込んでいた。
綱吉が駆け込んできたことで、いくらか正気を取り戻すことが出来た。しかし、それが良かったのか悪かったのか、その後に入ってきたディーノと目があった。
「いやぁぁ!入ってこないでよ!!」
「す、すまねぇ!!」
はさっと背中を向け、ディーノは慌てて彼女から顔を逸らした。
なんとも微妙な空気の中、綱吉は慌てながらバスタオルを彼女にかけてやる。すると、何やらバリバリと硬質な破壊音が聞こえてくる。
「何あれーー!!!?」
綱吉が見た先には、風呂の浴槽から顔を出している巨大な爬虫類の頭だった。甲羅を背負っているところからするとどおやら亀のようだった。
まるで某特撮怪獣映画のガ○ラである。
「あちゃーエンツィオのやつ、いつの間に逃げ出したんだ?」
「は、早く何とかしないと!ウチの風呂が無くなる!!」
「よし、俺に任せとけ!静まれエンツィオ!」
ディーノはどこからとも無く出した鞭を取り出し、風呂を食べている巨大亀に放った。
「痛い!!」
しかし、目標に当たる前に彼の手から鞭がすっぽ抜け、綱吉の顔面に持ち手が直撃してしまう。
「悪ぃツナ。すっぽ抜けた・・・」
「うわぁぁぁ!こっちくる!」
はのっしのっしと自分に近づいてくる巨大亀に身を縮こまらせた。完全に腰が抜けて逃げることも出来ない。
あの頑丈な顎に食われたらどうなるのか、考えたくも無かった。
「たく、仕方ねーな。レオンの出番だ」
形状記憶カメレオンのレオンが綱吉の顔にへばりつくと、見る見るうちに変形しディーノの部下のロマーリオへと変身した。
それを見たディーノの目つきが変わった。
「ロマーリオ!?皆と一緒にホテルへ帰ったんじゃなかったのか!?」
正確にはロマーリオの仮面をかぶった綱吉だが、彼は全くそのことに気がついていない。きっと鋭い目つきになり、一歩前へと踏み出すと
「俺に任せて下がってろ!」
言うが早いか、彼はさっきまでとは比べ物にならない鮮やかさで鞭を振るい、巨大亀を気絶させてしまった。
「これでもう大丈夫だ」
も綱吉もほっと息をつく。は強張らせていた体の力を抜いて、深く息を吐き出した。
「おい、大丈夫か?」
その様子に心配したのか、ディーノはの傍に跪き肩に手を乗せて彼女の顔を覗き込んだ。
はディーノと視線を合わせると、自分の今の状況を思い出し一気に熱が顔に集中する。
何せ彼女は今下着姿で、バスタオルを肩から被っているとはいえ裸も同然である。そんな姿のまま今日であったばかりの異性の前で平然としていられるわけが無い。
「は」
「は?」
は咄嗟に掴んだ洗剤のボトルを思いっきり振りかぶり、
「早く出てけーーー!!」
叫ぶと同時に振り下ろしたのである。
綱吉によると、そんな彼女に特に怒る事もせず謝り『毛を逆立てた子猫だな』と表現した彼をモテル男は違うと思ったらしい。
2015/03/23 再投稿
2011/03/10