駅へと続くメインストリートは、昼時ということもあってそこそこ人が多く賑わっていた。
初々しく人々の心が浮き足立つ春は少し前に過ぎ、繰り返される毎日に人々は新鮮さを求めるそんな季節。 両サイドのお店から活気がある客引きの声が飛び交う。

 その中をは駅に向かって歩いていた。人の流れに沿って歩く中、彼女の目に金色の光がちらついた。
そちらを見ると、光は人よりも頭一つ分以上飛び出した金髪だと視認した。太陽の光に照らされ、それは眩く光を跳ね返している。日本人が染めた金髪では再現できない美しい色合いは、まさに天然の原石のようだ。

反対側からこちらへ歩いてくる人々は、その珍しい容姿のせいか振り返る人が多い。特に女性が。なんとなしにその後頭部を見つめていると、少し前方を歩くその人は、いきなり彼女の視界から消えた。否、何も無いところで派手にすっころんだのである。
彼女はその奇行にぎょっとしたが、次の瞬間には条件反射のように体が勝手に動いてその人へと駆け寄っていた。

「いてて」
「大丈夫ですか!?」

はその人を見て、続く言葉を飲み込んでしまった。外国人だということは予想していたが、彼の眼が覚めるような美貌に一瞬惚けてしまった。
彫りが深く鼻筋はすっきりと通っていて、鳶色の目は少し垂れ気味でその甘いマスクは白馬に乗っていそうなほど王子様という言葉が似合う顔立ちだった。にもかかわらず、彼の着ている服がどこかやんちゃそうな少年を思わせる。そのアンバランスさが、逆にマッチしているような気さえしてくる。
いや、顔がいい男は何を着ても様になるのかもしれない。

「あははは、平気です」

彼は恥ずかしそうに笑うと、さっと立ちあがった。彼の口から漏れた流暢な日本語にも、彼女は驚く。彼女は今までこんなにも流暢に日本語を話す外国人を2人しか会ったことが無かった。
ふと視界に入った彼の左手が転んだときにでも切ったのだろう、血が滲んでいた。

「あ、切れてますね。良かったらこれ使ってください」

そう言って彼女は自分のカバンからハンドタオルを取り出した。

「いや、いいよ!こんなのなめときゃ治るし。っと、それより、聞きたいことがあるんだけど…」
「なんですか?」
「ここから並盛駅はどう行けばいいんだ?」
「それなら、この先を少し行ったところの大盛駅から電車で一駅ですよ」
「そ、そうだったのか・・・」

彼女の答えを聞いて、彼は酷く焦ったような、困ったような顔をした。一瞬は首を捻ったが、一つの可能性に行き当たった。

「もしかして、道に迷われたんですか?」

彼女の問いに、青年は苦笑を浮かべた。

「あ、ああ。しかも、財布と携帯を途中で落っことしちまって迎えも呼べねーしで困ってたんだ」
「じゃぁ、私の携帯使ってください。番号は分かりますか?」

と言って、自分のカバンからスマホを取り出すと、彼に差し出した。しかし、彼は焦っって両手を前に突き出してそれを断ろうとした。

「いや、いいよ!」

遠慮をする彼に、は安心させるように優しく微笑みかけた。

「きっと、お連れの方が心配してますよ。それから、私も並盛駅まで行くので良かったらご一緒しませんか?」
「え」

彼は面食らったように、一瞬動かなくなった。は通じるか分からないが、自分の好きな言葉の一つをその唇に乗せもう一度優しく微笑みかけた。

「袖振り合うも多生の縁と言いますしね」

彼は観念したように苦笑すると、

「すまねぇな」

と言って、の差し出す携帯電話を受け取った。

それからちょっと借りるぜと言って、彼は携帯を操作し知り合いに電話をした。彼から一歩はなれたところにいたの耳には、日本語ではないしかし、馴染みのある言葉が届いた。
電話を終えた彼はに礼を言いながら携帯を返した。それを受け取ったは、青年と連れ立って駅へと歩き出した。

「イタリアからいらっしゃってるんですか?」
「ん?ああ、そうなんだ。今日は知り合いに会いに来たんだ」
「ネイティブ並に日本語が上手ですね、驚きました」

は心底感心したように、ある種の尊敬の意をこめてそう言った。

「仕事で使うから、めちゃくちゃ勉強したんだ。そういう君もイタリア語少しは分かるみたいだな」

が彼のことをイタリア人と判断した要素がさっきの携帯での会話だと正確に判断した青年は、逆に質問を返した。

「えぇ、小さい頃からずっと習ってたんです」

幼い頃から親の勧めでイタリア語を習っていたため、彼女ににとっては非常に馴染みのある言語だ。その時の教師とは今でも交流があるほど仲が良い。しかし、どちらかというとイタリア語を勉強すると言うよりも、を預かってもらうと言う意味合いのほうが大きかったのかもしれない。

そうやって話をするうちに、大盛駅についた。は青年を少し待たせると、彼のために並盛駅の切符を購入した。彼女は定期券があるので自分の分を購入する必要は無い。
彼女は足早に彼の元へ戻ると、切符を渡してやった。彼は恥ずかしそうに、申し訳なさそうにそれを受け取る。

が先立って改札をくぐる。すると、後ろからガゴンっと何かへんな音がした。振り返ってみると、そこには何をどうしてそうなったのか、改札に挟まれている青年の姿があった。
は考えた。買った切符の料金が間違っていたのか。嫌、違う。ちゃんと確認したし、間違うはずが無い。じゃぁ、なんで挟まれてるんだろうと考えたが、挟まれている当の本人があたふたし始めたのでとりあえず考えるのはやめて助けに行った。


その後も青年は、ホームへと続く階段の最上階から真っ逆さまに落っこちてしまった。
慌てて駆け寄ると、彼は恥ずかしそうに大丈夫だと笑った。特に怪我をした様子も無いので安心した。そうとう彼はおっちょこちょいらしい。
ほこりを払いながら誤魔化す様な邪気の無い笑みが、憎めない人だと思った。はなんとなく自分の世話の焼ける弟を連想させる彼に、知らず知らずのうちに近親感を覚えたのだった。なんとなく、放っておけないと感じてしまっていた。


 少々のハプニングに見舞われたが、二人は無事に並盛駅のホームに降り立った。
一駅の道中は、彼と話しているといつもより酷く短く感じるものだった。

「音大に通っててピアノを専攻してるんです。イタリアに行って、音楽の勉強したいって思ってたんです」

は出会った当初から、彼がイタリア人だと知るとなんていう偶然なのだろうかと密かにほんのちょっとだけ心を躍らせたのだった。
まだ見ぬかの地が、彼のような大らかで、気さくな風土だといいのにと思った。

「お、本当かよ!スゲー偶然だな!」

彼は、にかっと白い歯を見せ少年のように笑った。はそうですねと答えながら駅の外へと出た。無事に並盛駅に着いたので、彼とはここでお別れだ。
彼女は友人との約束のため、彼と別れなければならないことを少し残念に思った。
出来ればこの楽しい時間を、もう少し過ごしたいがお互い連れが待っているのでそうは行かない。

「あ、じゃぁ私はここで。お話できて楽しかったです」

は笑顔でお辞儀をした。

「あ、待ってくれ。何か礼を」

引きとめようとする青年に、優しく微笑んで

「気にしないでください。今度は迷わないように気をつけてくださいね」

というと、ひらりと手を振って歩き出した。彼女の背に、焦ったような彼の声が追って来る。

「俺はディーノ!せめて名前だけでも教えてくれ!」

彼女は振り返ると、少し声を張り上げて言った。

です!!」
!サンキューな!」

ディーノは邪気の無い少年のような満面の笑みで、去っていくに大きく手を振った。はそれに笑顔で答えると、人ごみの中へと姿を消した。


ディーノはと名乗った少女が消えた後も、少しの間その方向を見つめていた。

、か」

彼女の名前を小さく口の中で繰り返す。とても親切な人だったなとディーノは思う。ジャッポネーゼは皆あんなに奥ゆかしく、親切なのだろうか。
笑顔がとても似合う彼女に、ちゃんとお礼をしたかったと悔やまれてならない。それにしても、誰かに似ているのは気のせいだろうか。
いつもの癖でポケットに両手を突っ込むと、左手に柔らかいものが触れた。取り出すと、転んだときに彼女に渡されたハンドタオルだった。
どうせ彼女のことだから、特に返す必要は無いのだろう。おそらく、もう二度と会うことなどないのだから。

「おい、ボス。あんまりうろちょろするなよ。あんたがいなくなってこっちはひやひやだったんだぜ。今日はボンゴレの十代目に初めて会いに行くんだから問題は起こさないでくれよ」

背後から腹心の部下が、説教じみた小言を言いながら近づいてきた。

「ああ、悪いロマーリオ」

その言葉に、ディーノは苦笑しながら素直に謝った。

「さっきの電話はどっからかけてきたんだ?それより、あんたまた携帯落としたのか?」

彼の携帯電話からではない着信に、警戒しながら出たロマーリオとしてはさぞかし不思議だったのだろう。何せ、ディーノは自分の携帯電話を持っていたはずなのだから。
一方ディーノはロマーリオの『電話』という単語に、彼は瞬間的にあることが閃いた。まだ繋がっている。彼女との縁は、まだ細く細く繋がっている。その事実に、彼はほんの少しだけ心が躍った。
「おい、お前の携帯ちょっと貸してくれ!」


は友人との待ち合わせ場所に向かうため、歩いていた。すると、バックの中のスマホが震えだした。今日約束をしている友人の中に遅刻魔がいる。はその友人かと思いつつスマホを取り出すと、そこには登録のされていない番号が載っていた。
悪質な嫌がらせを考えて、出るか出ないか少し迷った後、彼女は通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『もしもし、か?俺だ。ディーノだ』

驚いたことに、かけてきたのは先ほど駅前で別れた迷子の青年だった。もう逢うことは無いだろうと思っていたので、こんなに早くまた彼の声が再び聞けるとは思っても見なかった。それと同時に、彼のドジさを考えると、また何か困ったことでもあったのだろうかと少し心配になった。

「ディーノさん?どうかしたんですか?」
『いや、やっぱりちゃんと礼がしたくってさ、借りたハンドタオルも返したいし、もしよかったら食事にでも行かないか?』

耳にダイレクトに紡がれる心地いい低音に、は集中する。少し戸惑ったような不安が混じる声音は、特に何かやましい事があるようには聞こえなかった。
それはもしかしたら彼女の願望だったのかもしれない。
普段の彼女なら断るところだが、今回はその申し出をOKすることにした。彼ともう少しだけ、話をしてみたかったので彼女にとっては嬉しい申し出でもあった。

「そんなに気にしなくてもいいのに、でも喜んで。いつまで日本にいらっしゃるんですか?」
『明後日なんだ。出来れば明日の夕方空いてないかな?』
彼の声に、嬉々とした音が含まれた。彼の屈託の無い笑顔を思い出しながら、彼女はスケジュール帳を開いた。

「ちょっと待ってくださいね…大丈夫です」
『じゃぁ、明日の18時に並盛駅で』
「分かりました。それじゃぁ、明日楽しみにしています」
そう言って、彼女は通話を切ったのである。


「ね〜。なんか良い事あったの?」
「んふふ〜。ちょっとね」
遅れてきたの友人は、彼女の浮かべる気持ちが悪い笑顔に頬を引き攣らせながら尋ねた。しかし、笑みを崩さないは適当な返事を返した。

「やめときなよ恵美。ったらさっきからずーっとその調子なんだから」

待ち合わせどおり来ていたもう一人の友人沙紀が、恵美に言う。の機嫌の良さは、彼女らと出会う前からだった。何を聞いてもあんな感じなので、しばらく放っておくことにしている。

突然3人の中の誰かの携帯が、震えだした。視線がに集中する。はスマホを取り出し、席を立った。

「ちょっとごめん」

そういいながら人気の無いトイレまできた。

「もしもし奈々さん?」
『もしもしちゃん?今ちょっといいかしら?』
「うん」

聞こえてきたのは、彼女の母であり叔母に当たる奈々だった。

『今日はお友達と一緒でしょ?何時ごろ帰ってくるのかしら?』
「ん〜多分ツッ君と同じくらいかな」
『分かったわ。気をつけて帰ってくるのよ?』
「は〜い」
『それからね、今日リボーン君のお友達が泊まりに来るらしいの』

その一言に瞬間的に彼女は、イラっとした。あのニヒルな笑いを浮かべた赤ん坊の友達なんて絶対に碌な奴じゃない。どうせ、マフィアかそれ関係の人間だ。
奈々はリボーンのことをただの赤ん坊と思っているようだが、は違った。なんだかんだと自分の大事な従姉弟を危険に巻き込むあの赤ん坊が、さっさと彼から離れてくれるのを心から願っている。
その一方で、ここ最近彼に友達が出来たり、ちゃんと学校に行っているのはあの赤ん坊のお陰でもあるので少々複雑な心境である。

「うん、分かった。じゃあね」

言いたいことを喉元で何とか嚥下し、彼女は通話を切った。さっきまでの浮かれた気分が台無しである。眉間に皺が寄り、口をへの字に曲げていた。
スマホのディスプレイを見ると、着信履歴が並んでいた。奈々と書かれた下には、No nameと書かれた着信履歴があった。

『じゃぁ、明日の18時に並盛駅で』

その言葉に、知らず知らず笑みが零れた。




2015/03/22 再投稿
2011/02/23


♪←D.C.♪♪