真心をこめて





 宵もそこそこ深まったころ、は長い廊下を歩きながらぶつぶつと一人不機嫌に言葉を漏らしていた。
長い廊下には誰もおらず、遠くの大広間からいまだ大騒ぎをするもの音が聞こえてくる。
同じ敷地内にもかかわらず、彼女の歩く廊下とは対照的だった。虫の声すらしないひっそりとした夜である。

「ったくもう。本当に酷い目にあった…」

彼女は全身酒まみれにされそのままでそこにいるわけにもいかなかったので、さっさと風呂に入ってしまった。
いまだに濡れている髪を無造作に右に集め肩に垂らす。そのせいで右肩の寝巻は湿り気を帯びているが、別段彼女は気にすることもなかった。

「あ」

長い廊下を歩いていると、一部屋だけ戸が全開の部屋があった。そこは土方の私室に程近い場所にある部屋だ。
その部屋は彼が事務的業務を行うときによく使用している部屋である。執務室は別に用意され、日中は基本的にそこで仕事を行っている。
しかし、夜中まで仕事をするときは、こちらが使われている。
戸が開け放たれた部屋の前を通ると、普段殺風景な部屋が大量の物で溢れていた。

「土方さんへのプレゼントか」

おそらく隊士たちが各々自分の都合のいい時間帯に彼への贈り物を置いていったのだろう。
その量があまりにも多いため、そほど広くない部屋の4分の1を占めるほどである。
やはり男所帯のせいだろうか、綺麗にラッピングされている物の方が少ない。酒からたばこ、マヨネーズをそのまま置いている者までいる。
高価なものから普段使っても憚られないような実用的そうなものまで様々である。
それはどれをもってしても彼女の手に握られているモノに比べれば、遥かに素敵なもののように思えた。

「はぁ。やっぱりやめよう」

ここにきて、は怖気づいた。彼女は沖田に騙されたのだと彼女は思った。
彼が昨日自信満々だったのと、藁にも縋る様な焦った状況だったのが悪かった。
よくよく考えてみれば、そこまで焦ることはなかったかもしれないと今更ながらに彼女は思う。

子供でもあるまいに、当日何かをあげなかっただけで激怒するような人ではない。
ちゃんとお祝いの気持ちがあることを示して、後日何かを贈ればよかったのだ。何を焦ったのかと本当に馬鹿馬鹿しく思う。

しかしその一方で、やっぱりその日がいいと彼女はどこか頑固に思っている。
誰もが当たり前のように年を重ねる。
年をとればとるほど自分の誕生日ほど価値のないものなどないと思っているようだが、にとってそれは違った。
生まれてくること自体奇跡であるし、年を無事に越し誕生日を迎えられることがどれ程尊いことかを彼女は知っている。

当たり前のことほど、得難く失うことが容易いものはないと彼女は知っている。ギュッと眉根を寄せ口をへの字に曲げてしかめっ面を作ると、右手に握った袋がクシャリと音を立てた。

「てめーは人の宴会を抜けてこんなとこで何してやがんだ?」

「ひ、土方さん!?」

考えごとに夢中だったは、左からかけられた言葉に飛び上がりそうになった。
酒宴の主役である土方がたばこをふかしながら自分の方へと歩いてきていた。

「土方さんこそ、こんなところで何してるんですか?主役が居なくちゃ」

取り繕うように言葉を紡ぎながら、彼女はさっと土方に向き直ると持っていた袋を自分の背に隠した。

「あいつらは飲むための口実が出来れば、なんだってかまやしねぇーんだよ」

相変わらずの憎まれ口を叩きながら、ちらりと部屋の方へ視線を送った。
特に表情を変えることもなく、彼は瞳孔が常時開いている目をへと戻し同じ質問を繰り返した。

「で?何をでけぇ溜息ついてたんだ?」

「いえ、あの。別になんでも…」

特に言い訳を思いつけなくて、不自然に語尾が小さく消えていく。これ以上追及されたらどうしようと、彼女は内心冷や冷やである。

「ま、かまやしねぇがな」

言いながら彼は縁側へと腰を下ろした。すぐに立ち去るだろうと思ったのに、その気配がない。
微妙な空気に自分から立ち去ることも出来ず、持っている包みを相変わらず背中に隠しながら土方のすぐ斜め後ろに正座した。ちらりと窺うように彼の横顔へと視線を向ける。

「…戻らなくてもいいんですか?」

「一服くらいさせやがれ」

遠慮がちに問うた質問に、言葉ほど乱暴ではない響きが返ってきた。
彼の視線は月へ向いているようだ。今夜の月は見事な満月だ。心なしかいつも鋭い視線の彼の目元が、柔らかく和んでいるようである。
この人は月を愛でることもできるのかと、一見失礼なことを彼女は思った。

普段気を張って隊士の指揮を行い、敵の動向を探り策略を巡らす鬼の副長。
言動は乱暴で短気で厳しくそれでいて優しく一途な面があるこの人は、きっと不器用なりに喜んでいるのだとは察した。
宴会も面倒臭いだのなんだの言いながら沢山の人たちに囲まれて何よりも真選組を大切に思っているこの人が、嬉しくないわけない。
だから今はこんなにも、彼の纏う鉄壁のような空気が穏やかに凪いでいるのである。

「…鬼の副長もやっぱり人の子ですね」

「あ?」

不意に零した言葉に、土方はを振り返る。

「だって、こんなに皆に祝ってもらって。慕われてる証拠です」

普段は怖くて厳しくて、理不尽だ。でも、彼の周りには知らず知らずのうちに人が集まる。彼には近藤とは違う人を引き付ける魅力があるのだ。

「ふん、社交辞令だ。あいつらは騒ぐ口実さえあればそれでいいんだっつったろ」

「にしては、嬉しそうですよ」

憎まれ口をたたく土方に少しの皮肉を込めて返してやれば、彼はむっとしたように更に眉間の皺を濃くし、口を閉じてしまった。
その様がなんだか可愛らしく思い、はつい笑いを堪え切れなかった。
土方は不服そうに一度大きく煙を吸い込んだ。吸い込んだ紫煙を吐き出すと、今度は反撃に乗り出した。

「そういうてめぇは、祝う気がねぇみたいだな」

「え?」

「一人素面で隅っこに居やがるし」

「だ、だって未成年ですし」

だんだんと雲行きの怪しくなってきた会話に、は焦りを感じ始めた。

「一人早々に宴会抜けだしやがるし」

「あれは沖田さんがあたしにビールをかけてきたからで!」

「一人悠々とここで溜息つくたぁいい度胸だ」

「いや、その、それは…その、すいません…」

「………」

ぐっと、鋭い眼光で睨まれれば、返せる言葉などありはしなかった。

「てめぇは俺に何か言うことねーのか」

は体も心も小さく委縮しながら、彼が何を言いたいのかを必死に考える。
謝罪の言葉だろうか。否、それはさっき言ったばかりだ。
では、仕事の報告か?否、それも報告書を既に提出しているので済んでいる。特に彼に報告することなどはなかったはずだし、あれば真っ先に言っている筈である。
彼女は大切な事を忘れていたと気付き、少しだ照れながら言葉を紡いだ。

「…その、土方さん…お誕生日、おめでとうございます」

「おう」

恥ずかしそうにやっとのことで紡いだ言葉に、彼は満足そうに頷いた。

「あ、あと、プレゼントのことなんですけど!実は昨日知ったばかりでまだ用意できてないんです!だから後日」

「へぇ、なら」

彼女の言葉を遮り、それ程離れていなかった距離を彼はグッと近づけた。いきなり近づいた距離に、は驚き身を固くする。
彼の整った顔が間近に近づき見下ろされる。あまりの近さに彼女の息は一瞬停止した。
彼が愛用している煙草の匂いが一層強くなったのと、後ろに隠してあった袋が離れたのは同時だった。

「これなんだ?」

「あ!!」

彼の手にあったのは、さっきまで自分が持っていた彼への誕生日プレゼントだった。心なしか少し皺くちゃだ。

「これ、お前がオレに用意したんだろ?」

「ちがっ!いや、そうですけど!でもやっぱりってちょっと!!何開けてるんですか!?」

土方はにはお構いなしに、取り上げた袋をさっそく物色していた。

「いいじゃねーか。どうせこれくれんだろ?いつ開けたところで同じだろーが」

は袋から取り出されたそれが現れた瞬間、恥ずかしさで本当に泣きそうになった。
土方はマジマジとそれを見ている。彼が手にしているのは、頭部が玉ねぎ型をした素っ裸の天使だった。

昨日沖田に渡された写真には、自分よりも大きなマヨネーズにまたがって飛ぶそれが写っていた。
どうやらマヨネーズ会社のイメージキャラクターだったらしい。厄介なことに、それは映像のみでグッズなどは販売されておらず、彼女は自分で作ったのである。
夜中に何回か失敗しながら作った手のひら大のぬいぐるみは、どう考えても土方には不釣り合いの代物だった。

「何をプレゼントすればいいのか分からなくて!沖田さんにはこれがいいって言われたんですけど!」

「これ、お前が作ったのか?」

「あっ、はい!でも、こんなのいらないですよね!だから後日何か」

「てめーがオレのために作ったんだろ?」

「は、はい。でも、こんなの…」

取り繕うように言い訳してみても、自信のなさは明白である。
恥ずかしさのあまり、本当に消えてしまいたいとさえ思っている。副長である土方をからかっていると思われ激怒されても仕方がない。
その場合甘んじてバツを受け入れようと膝に乗せた両拳をギュッと握りしめた。

すると、彼女の頭に大きな掌が乗せられ、ぽんぽんと2度ほど軽く撫でられた。視線を上げた先には、幾分かいつもより釣り目が下がった土方がいた。

「ありがたくもらっとくぜ」

口の端を少し上げて不敵に微笑むと

「ありがとよ」

と、に感謝の言葉をかけた。

「はい」


彼女は視線をもう一度下げると、顔から火が出そうだと本当に思った。






後日、隊内には素っ裸の奇妙なぬいぐるみを手にした鬼の副長の写真が出回り、彼の知らぬ場であらぬ噂が隊内に蔓延し彼の頭痛の元となったのは言うまでもない。




2015/03/16 再投稿
2011/06/04