穏やかな午後の陽光が差し込む縁側に、沖田は寝そべって庭の方を見ていた。
今日は珍しく、午後から非番である。することもなく、彼は穏やかな光に包まれていた。
彼の視線の先には、一人の女性がたくさんの洗濯物を取り込んでいる。
少し高い位置に干してある洗濯物を取ろうと、一生懸命に背伸びする姿が何だか愛らしい。
手伝ってあげようかと思う反面、その一生懸命な姿をもう少し見ていたいという悪戯心が勝ってしまう。

両手いっぱいに洗濯物を抱えて、彼女が沖田の方へと歩いてきた。
その表情が少なからず不機嫌そうに見えるのは、決して彼の思い過ごしではないだろう。

「総司、これ畳んでよ」

そう言いながら、は沖田のすぐ近くに洗濯物の山を置いた。

「なんで僕が」
「暇なんでしょ」
「暇じゃないよ。貴重な休みを有意義に使ってるだけじゃないか」

沖田はなおも寝転びながらを見上げ、笑顔で返した。
勿論、沖田と長い付き合いのが、そんな事を彼が本心から言っていないことくらい百も承知だった。

「ふ〜ん、貴重な休みを有意義ねぇ」

余裕綽々な笑みを浮かべ、自分を見上げる沖田をじと眼で見下ろしながらは両腕を胸の前で組んだ。

「その有意義とやらは、人がせっせと働いてるのを小馬鹿にしたみたいにこれ見よがしに寝る事なのね。総司」

これでもかと嫌味を含んだ言葉に、沖田は今度は困ったようにでも楽しそうに微笑んだ。
こんな軽口を叩けるのも、小さい頃から少しずつ積み重ねた時間が気付いた絆があるからだ。

困ったなぁ、と苦笑しながら沖田は起き上がって胡坐をかき目の前の洗濯物の山へと手を伸ばした。
それを見届けたは、満足そうに微笑んで残りの洗濯物を取り込むために踵を返した。
沖田の手が止まり、の姿を視線だけで追っていく。
やわらかな陽だまりの中の後姿を眺めつつ、沖田は穏やかに目を細めた。

―――嗚呼、なんて平和なんだ。

彼らが置かれている世界は、ことに残酷で刀のように冷たかった。
この町の平和をその身を呈して護っているというのに、新撰組は親しみや温かみからかけ離れた畏怖と恐怖の視線を浴びる。


『人斬り集団』  彼らの世間からの評価は、そんなものだった。


この手で命を奪いその身を血で穢し続けてきた彼らには、お誂え向きの渾名なのかもしれない。
いつ、どこで殺されても仕方のない運命。まともな死に方など出来ないと、とうの昔に諦めてしまった。
それでも、良いと沖田は思っている。
何故ならそんな事がとても瑣末な事のように、思わせてくれる大切な人がここにいるから。

彼女だけは沖田たちの見方でいてくれる。
がいるからどんなに苦しくても、辛くても頑張ろうと思える。
が微笑んでくれるから、どんな不条理にでも耐えられる。
が帰りを待ってくれているから、どんなに死にそうになったって生きることを諦めないでいられる。
何の計算も、裏もなく『おかえり』と彼女は嬉しそうにその唇に歌うように言葉を乗せてくれるから。
強くなろうと、何者からも彼女を守ろうと思える。


どうしようもない僕を死なないでと、死んでほしくないとあの時叫んでくれたから。


「もう、総司。手が止まってるよ」

新たな洗濯物を抱えて、は戻ってきた。一向に進んでいない沖田の手元を見ながら、不服そうに眉間に皺を寄せている。

「はいはい」

どんな表情も好きだけど、やっぱり笑ってる顔が一番好きだなぁ。

父親似の少したれ気味の大きな瞳が、優しく細められ桜色の唇が口角を上げる様は気品がある。
春を告げる華々しくも儚い桜ではなく、ひっそりとたおやかに咲く桃の花のように。可愛らしく、その実のように甘い甘い微笑み。
沖田は、そんな彼女の唇から紡がれる自身の名前を聞くのが何より愛おしい。
洗濯物の山を挟み、二人で縁側に座りながら穏やかな午後を共有する。

なんて幸せな時間だろうか。

「ねぇ、
「ん?」

の視線が自分に向くのを確認して、沖田は続きを紡ぐ。

「二人で畳んだら、が一人で畳むより早く終わるよね?」
「総司がちゃんと手を動かしてくれればね」

からかいの言葉を紡ぐ彼女の顔に、さっきまでの不機嫌さも不服そうな表情もない。
沖田は彼女の耳元に唇を寄せ、秘密の話でもするように彼女の耳へ甘い音を流し込む。

「早く終わったら、余った時間はご褒美に膝枕してよ」

放たれた一言に、は目を見張って言葉を飲み込んでしまう。
滑らかな頬に、桃色の赤みが差し恥ずかしそうに沖田から視線を外す。

「は、早く終わったらね」

紡がれた言葉は釘をさしていたが、それが照れ隠しであることは明白だった。

「じゃぁ、僕頑張っちゃおっかな」

そんな姿が愛おしく、胸に溢れる幸福感に眩暈が起きそうである。沖田は言葉を弾ませ、さっさと仕事を片付けるため手を動かすのだった。


麗らかな日差しが、二人を優しく包み込む。そんな、午後の一時。こんな時間をいつまでも、君と過ごせたら。





2015/03/18
2011/01/23